函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第二節 鱈つり漁業

慶祥丸漂流

 箱館の高田屋は、鱈場所から買い集めた新鱈を、江戸の正月にむけて年の暮れに幾艘もの船を走らせる。一〇日余りの航海である。
 一番船、二番船といえど帆走の時代である。悪天候で遭難して大きな損害を蒙ることも見込まれる。また、帆走故に順風ならば三昼夜で江戸に入港したことも稀れにあったという。箱館から銚子まで二百里、銚子より江戸まで三六里といわれた。風向きがよくないと、銚子に入って荷上げをして陸路駄送することもあった。蝦夷地の海産は富も約束されるが、一転して藻屑と消えることも覚悟しなければならなかった。
 
     高田屋嘉兵衛申上書
一 最上の鱈□□は江戸へ差船有之候間ニ不合義多く有之候よし
  是は全く入用を厭ひ申候故の義にて候と云 元来遠海上乗来候義 風波順斗の訳有之候ゆへ如何様にも申訳の出来候もの故本義を取先ひ唯一応の斗らひにて□向申候訳にて延引相成候よし既ニ金兵衛時代ニハ
  公儀之御恩澤を忘却いたす時は□□ニ不相叶とて 鱈の最上なるを撰ひ波安丸四百石位の船に積入暮の御用立ひ候様申付 彼地を出帆為仕居 順風なる逆風斗にて延引にも不及を□□なる時ハ水戸の銚子江為乗込夫より陸地を□立候よし 右の如くにさへいたし手當取計候へば暮の御用ニ不合と申事曽て無之然とも入用ハ莫大相増候趣ニ相聞候 是等の事は自分共之得分斗を商人□にて存居候時は出来八百事に従来付□の世も感心仕居候義と云
  箱館ゟ銚子迄二百里程 銚子より江戸迄三十六里と云ふ 鱈場所より極順風にて昼夜走く候時は三日三夜にてハ江戸にも乗込候よし也
一 松前箱館江差の三湊 一ヶ年地國の旅船二百余艘 或年は三百艘に可及年も有之と云事の由 金兵衛時代にハ米穀塩諸品ニ至る迄積来る品は時節違ひ或は其歳不用の品にても船立の□支ニ不相成様に買入遣したる事のよし