函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第一節 昆布漁業

昭和二〇年以後の昆布漁業

 昭和四四年、噴火湾から津軽海峡一帯にかけてコケムシが大発生して、はじまってまもないコンブ養殖に大きな混迷を与えた。コンブ養殖の前途さえ危ぶむ声もでた。昭和四五年六月下旬ごろ、地元から道庁水産課増殖係に、はじめてコケムシの異常な大発生の状況と、企業化に取り組んだばかりの養殖コンブ漁家に衝撃を与え、地元組合、町役場がその対策に苦慮しているとの報告が入った。
 発生が報じられたとき、担当課ではコンブに付着はするが、秋には裾(すそ)枯れと共に消えていくので、大きな問題はないと考えたという。
 道庁の担当課では早速、水産試験場や現地の水産改良普及員によってコケムシ対策に奔走し、資料を集収した。
 コケムシについて、これまで詳しい調査がなかったことである。コケムシの生態についてほとんどわかっていなかったのである。コケムシ対策は話題にはなるが、何ひとつキメテになるものはなかった。
 函館水産試験場では一一月に入って、コケムシ被害の量も多かった八雲・森地区を中心に施設を入れて、養殖コンブに対するコケムシの付着状況や繁殖の実態調査をおこない、大学にもコケムシの生理生態の研究についての依頼がおこなわれた。
 コケムシのここに発生した種類はヒラハコケムシで、体内で受精し、一二月ごろ水温が低下してもかなり活動をし、また、繁殖する。水深一〇メートルのところでもどんどん生長し、繁殖する。
 温度別の培養では、二〇℃以上になるとコンブが分解してしまって消滅してしまう。五℃から一五℃まではあまり生長がみられない。
 コンブに付着する動植物は、二七〇から二八〇種類みとめられる(北大近江教授)。
 本州で養殖ワカメにコケムシがついたときは、薬品処理として有機リン酸系が使用されていたというが、公害問題など食品衛生上採用はできない。淡水処理に手がかりをもとめたり、硫酸銅とホルマリンのミックスしたものでコケムシ処理を試みたり、関係者の努力は大きかったが決定的な方策はできなかった。
 昭和四六年、尾札部漁協の二年もの養殖コンブの水揚は、予想を下回った。同漁協はさらにコンブ養殖の可能海面調査を実施した。この秋、川汲漁協は海藻類種苗供給センターを新設した。
 安浦漁協、促成コンブ養殖を実施する。
 昭和四七年、木直漁協、養殖管理船“木直丸”を建造進水。四・九六屯 D40HP。
 臼尻漁協、昆布種苗センター建設。
 道議会水産常任委員一行、養殖コンブの状況視察に来町。
 秋、尾札部漁協養殖管理船“第一尾札部丸”進水。四・四六屯、プラスチック、三〇馬力、四、二二九千円。
 尾札部漁協、種苗センター増築。この年、自動昆布洗浄機(コケ虫除去)が開発され漁家に普及した。
 昭和四八年一月二〇日、南茅部町海難救難所設置。
 川汲漁協、養殖コンブの生産が天然コンブの収量を上回る。
 木直漁協、組合自営のコンブ養殖事業を完全企業化とする。
 尾札部漁協の海藻類種苗供給施設が完成した。鉄骨造平家建五一五・二八平方メートル、総工費 一、八六〇万円。
 昭和五〇年、川汲漁協、種苗センター建設。木造平家建一七二平方メートル、事業費六、〇八四千円。
 この年、漁業専管水域二〇〇海里となった。
 コンブ養殖施設によるホタテの養殖稚貝、出荷始まる。