函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第一節 昆布漁業

昆布漁業の改良

 明治二二年六月、尾札部の杉林金次郎から郡長に提出した「昆布採収製造兼業願」(杉林信弥所蔵)がある。
 また、同年一二月、熊村千葉亀次郎が郡長の許可をうけた「昆布採収起業方法書」(二本柳文彦所蔵)がある。
 杉林文書は、昆布採収ならびに乾燥製造を兼業するという文言である。また、二本柳文書の千葉亀次郎のものは昆布採収の起業方法書である。
 昆布採収の漁船と採収具(マツカと記している)、そして干場と採収の期限について記している。

昆布採収製造兼業願 杉林信弥 所蔵

   昆布採収製造兼業願
水産物取締規則ヲ遵守シ昆布採収並ニ乾燥製造兼業相営ミ度候間御許可被成下度営業方法書相添連署ヲ以テ此段奉願候也
 明治廿二年六月三十日
      茅部尾札部村百弐拾八番地 平氏
   願人        杉 林 金次郎  ㊞
      茅部郡第壱組
      漁業頭取   小 原 多次郎  ㊞
茅部郡長 中村 修 殿
 
   熊村字歌浜七
     千葉亀次郎 昆布採収起業方法書
  一 海岸地  百六拾坪 縦拾間四尺・横五間
  一 樹木 無之 明治廿二年七月ヨリ同廿三年六月迄満一ヶ年間 御貸下 同年限内ニ □切
  一 建物   年々自宅ヲ以テ営ム
  一 漁船   磯船  壱艘
  一 採収具  マツカ 弐本  年々六月丗日迄準備
  一 採収期限 毎年七月土用入日ヨリ九月丗日迄
   (明治二二年一二月一七日 郡長許可)
                      (二本柳文彦 所蔵)
 
 この年二月、元揃昆布の粗製について大阪昆布商総取締と、同仲買商取締から徳田和兵衛にあてて厳しい注意(申入れ)の書状(徳田栄治所蔵)が送られてきた。
 伝統を誇った〓印の昆布においても、幕末から明治初期の漁村に広がっていた悪弊を防ぎ得なかった背景があったことを証している。

大阪昆布商から和兵衛に宛た書状

  拝啓 御地川汲産元揃昆布之内、貴家御仕入之分者、古来特ニ上品ニシテ、製方調等モ亦タ宜敷ニ付、夙ニ世上ヨリ好評ヲ博シ当地ニテハ、外元揃ノ如ク産地ヲ言ハズ□□〓印ト称候。
   一般ニ賞揚致来候□在
   〓印或ハ〓印等ノ比ニアラズ。
   然ルニ、去ル明治十九年度以来、稍ヤ製法杜撰ニ流レ、昨年之如キハ粗悪之品ヲ中込ミト致候モノ多々有之、品位ノ不同最モ甚ダシク、昔日ノ如キ良品ハ殆ンド百中ノ四五ニ過ギザル程之事ト相成候。
   随ッテ漸々聲價ヲ損ジ、折角数十年来慣用致候〓印之美名モ後ニ失墜致候傾向有之、誠ニ惜シム可キ限リニ御座候。且ツ他ノ元揃ハ、追々改良ノ歩ヲ進メ候折柄ニ付、猶以粗製ニ陥ラサル様御行届相成度此段御注意迄ニ申進候也。多々不備
    明治廿二年二月五日
       大阪昆布
           総 取 締  印
       大阪昆布仲買商
           取   締  印
    徳 田 和 平 殿
                       (函館 徳田 栄治 所蔵)
 
 明治二六年、北海道庁は昆布製造取締規則(庁令第三四号)を定め、道庁職員を産地に派遣して検査監督をおこなった。以後、漁業法の制定・規則の改正のたびに、昆布の採収方法や製法の改善が図られていく。