函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第六編 漁業

第一章 郷土の漁業

第一節 昆布漁業

史書と昆布

 亀田八幡宮の書上に、延宝二年(一六七四)、箱館尻沢辺(住吉町)から東蝦夷地野田追(八雲町)辺まで、昆布商売(稼業のこと)をする者の豊漁と安泰を祈祷する神楽を永久仰せ付かるとしている。松前藩、亀田番所(のちの奉行)からの言い付けである。
 寛文年間のアイヌと和人との争いの後という地域背景をもつ時代に、内浦湾沿岸への藩の配慮もうかがえる。
 
     當社記之書上       亀田八幡宮
   六月十五日 昆布商賣祈祷御神樂 延寶貳甲寅年六月 永久被仰付 尚為御初穂料 尻澤部より野田追村迄一軒ニ付昆布壹駄宛差出候様被仰付御神樂相勤申候
                       (神道大系51 北海道)
 
 延宝五年(一六七七)砂原から尾札部のヤギ浜に来住した初代飯田屋与五左衛が開村の先駆となる大きな要因も昆布商売である。
 後世、昆布の王者として認められるマコンブの最良の昆布礁と最適の干場は、先駆者が優先的に独占した立地条件であったわけである。