函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第四編 戸口と地名

第二章 地名

第一節 地名の歴史

地名のうつり変わり

 南茅部町の町名は、昭和三四年の臼尻村と尾札部村の合併によってできた町名である。
 南茅部(後述)は、戦後、地区の中体連や組合立高校名に用いられていた。
 茅部は駒ケ岳のアイヌ語地名カヤベヌプリで、明治二年、茅部郡の郡名として用いられた。古くから砂原地方を茅部とよんでいた。
 森町にも本茅部があるが、アイヌ語ポンカヤベに似ている。
 町内の地名はアイヌ語の地名が多い。和人が来住してから付けられた地名は、日本語の意味や人の名前などでわかりやすい。
 古い地名を年代順に記すと、寛政年間の菅江真澄の「えぞのてぶり」に表記されるもののほか、列記してその変遷をみる。
 
1 寛政以後の地名
えぞのてぶり東西蝦夷蝦夷日誌 巻五東蝦夷地海岸図台帳松前蝦夷入北記
山川地理取調図御持場海岸大旨之図絵 図道中細見記
 寛政三(一七九一)万延元(一八六〇) 弘化二(一八四五)安政二(一八五五)安政四(一八五七)
(函館図書館本)
 
エサンサキヱ山崎エサン山
カッカ石
赤兀赤兀岬
卜丶イワ海馬岩トド岩
カシカソリカヂカソリカッカソリ
ニツイワ
水ナシ水無浜水ナシ水ナシ
ヲッツケ崎
ヒカタトマリヒカタトマリ
カケノハマ
トヽホケ椴法華トトホッケトドホッケ椴法華椴法華
ミヤノ下宮ノ下
三ケンヤ三軒屋
シマトマリシュマトマリシマトマリ
スノ川スノ川
ヤシリ川矢尻川
矢尻浜ヤシリハマ矢尻浜矢シリハマヤシリハマ
アイトマリアイトマリ
銚子の崎テウシ崎
 神鬼(カムイ)(石神(シュマカムイ))ヒカタトマリヒカタトマリ
ウノトマリウノトリ岩
ビャウブ岩サキ屏風岩屏風岩
ハンノサワバンノ沢バンノ沢
フルベの大滝大タキ大滝大タキ
判官殿の島形石フルベノアナマ
フルベ古部フルベ古部村
フルベ川
獅子鼻シシバナシシバナ
小 滝小タキ小滝
判官の兜岩タテ岩
立岩タテイシ立岩
ヌイナヰソエクチソイクチオヽカチ
白井川ヲカツテカツ(ヲヤツ)シリ川
シロイカワ白ヒ川(シロヒ川)
 ワシイワ
キナヲシノ崎(キナヲシノサキ)キナウシ崎
クロイワ黒石サキ
キナヲシホロキナウシキナウシキナヲシ木 直キナヲシ村
中崎ヒリハマピリカハマ
ピルカ浜黒岩
ホンキナウシホッキナウシ(ホンキナウシ)ポンキナヲシノポンキナヲシ村
コタン
ヒカタトマリ(ヒカタ浜)ヒカケハマ
 
ハンノサワバンノサワバノ沢
ヒカタハマシマリウシシマリウタ
一本木一本木
一本木崎
ケニウチケンニチケンニチケンニチ村
クロワシサキクロワシサキクロイワ
 
ヤギヤケカケヤキノ沢
ヲサッベヲサッヘ村尾札部オサツベ(オサッヘ)尾札部尾札部尾札部
チェツフヲマナヰチョホナイチョホナイチョポナイ
ツキヤンゲツキマケツキアゲ
カックミ河汲村河汲村カックミカックビ川汲川汲
カックミ川
 
精進川 さうず川シャウシ川清水川(ショウシン川)シャウシン川精進川精進川鉛山
イタンギイタキイタキイタキイタギ
ヒヤミツヒヤミヅ
 
垣根シュマカク子シュマカク子シュマ
弁天シマ
リブンシリ
 
臼尻臼尻臼尻ウスジリ会所臼尻
ウシジリコタン
 
弁天嶋大黒シマ
モウセジリモシャシリサキヤシャシリ峠弁天嶋
ヲヒカタヲヒカタエビス嶋
ニソウマ
 
オヰガラ
  (葛のクマトリリウゴアン
ニ艘トマリニ艘マノ崎
大舟川大船川
キヒガサキ
ヲタハマヲタハマヲタハマ
クマオクマトマリクマトマリクマトマリ
ピルマヒロトマリヒロトマリヒロウイマリヒロウトマリ
ケムシトマリケムシトマリ
ケモシャリ
ホカイカヰ白岩
高ヤシキ
ヰソヤイソヤ磯屋イソヤイソヤ磯屋
ケカツハマ
リニャシュマケニャシュマ
ウムシァヲムシュシュムヲムシャシャム
クロワシリクロワシレサキ(シリ)
クロワシレ(クロワシリ)
 
ヘツトマリ
大岩
ボロノ崎
クロワシノトト岩
ポオロホロボロホロボロ
タキノ下五段滝(滝ノ下)
ところトコロトコロトコロ
トコロ川
ホヤタラ
ザルイシ(ザルウシ)サルイシザル石ザル石
シュシュベツシヽヘシヽベカメトマリカメトマリ
サメトマリサメトリ間
シリカベツのシカヘツシカベ村鹿べ鹿部鹿部
砂盛
スクのへの川シュクノツペ川
ホンベツホンヘツホンベツボンヘツ本別
もろめ浜一つ石モノミハマモノミ浜
出来間テケマテケマテケマ
ヲシタシ
松屋が崎マツヤサキマツヤ崎
坂井明神明神
ヌマシリ沼尻スマシリ(ヌマスリ)
 (サハラ)
内浦岳
砂崎スナサキ砂崎砂サキ
モンベサハラサ原沙原
掛り間
ヲシラナヰ

 明治になり、戸籍の事務が取り扱われると、それまで思い思いにカタカナ、ひらがな、漢字を当てていた郷土の地名に、共通の表記が求められてきた。
 明治一一年、地券が発行されるといっそう公的な地名の表記化が進む。こうして旧臼尻村は昭和一六年の字名改正まで、旧尾札部村は昭和五一年の字名改正までつづいた。
 字名、いわゆる地名は、その土地の成りたちを示す土地の歴史の証(あかし)である。地名が文化財といわれる理由である。
 
2 明治初期の地名
尾札部村)
(昭和五一年以後)明治六明治五~九
畑反別書上小前連
印張
昆布取高調海産(鱈鮃)同漁場同
古部字跚〓浜字跚〓浜
字葉石浜字葉石浜
支古部字古部
木直字割石
字大梶浜
字高岩浜
字白川浜
字白川字白川
字寄浜
字好浜
字大石浜字大石浜
字ソイクチ浜
字小石浜宇小石浜
字岩の下    字木直字ヒリカ浜字ヒリカ浜
字小木直字ホンキナ枝木直
 字ポン木直
字木直
 
尾札部字日影浜
字スマルタ
字梨ヶ沢字一本木
字桃ノ沢字見日稲荷浜
字前角地    字剣日字見日字見日
字八木ノ澗字八木ノ澗字ヤキノ澗
字脇ノ沢字川端
字角ト石沢
字稲荷浜字稲荷浜字稲荷浜
字土手ノ上字姥子浜字蛭子浜
字布袋ヶ沢宇夷浜字夷浜
字山ノ上
字後駒沢字後駒字後駒
字ツキ上ケ
尾札部 28戸)
川汲字菖谷地字菖谷地
字下ノ浜字下ノ浜
字中浜字中浜字中浜
字沖見ヶ洞   字川汲川汲川汲
字稲荷平ラ
字浜町裏宇浜町
字川端
字梨子浜
字浜奈寿
字精進埜字精進川字精進川
川汲 41戸)
臼尻村)(昭和一六年以後)
安浦         字
精進川字精進川字板木精進川
         字ゴロタ
         字フコマ字彦見字引込
         字稲荷町中哥字中歌字中哥
白岩
字板木野  (支郷板木)冷水
臼尻        臼尻字赤助川(赤輔川)字赤助川
字冷水字冷水
(東海)字垣ノ嶋野字垣之島(垣ノ島)
        字横澗字横澗字横澗字横澗
字牧場野
        字仲歌字中歌字中歌字中哥
豊崎        字浜中字浜中字浜中字浜中
字茂佐尻
大船        字稲荷野
字稲荷野    字小田浜字太田浜
        (熊村)(字前浜)
字板家原野   字板家原野
双見字ビル
支イソヤ(磯谷)支磯谷
岩戸支蹴勝浜支蹴勝浜支蹴勝浜
支ホウロ
(鹿部町)臼尻村飛地   字トコロ 1戸支所呂支所呂 4戸支所呂