函館市/函館市地域史料アーカイブ

南茅部町史 上

第三編 郷土への渡海

第一章 蝦夷地

第一節 蝦夷地

アイヌ

 アイヌは昔から蝦夷地だけではなく、東北、関東、北陸、山陰地方などの広い地域に住んでいたといわれる。
 郷土南茅部も、昔はアイヌの村であった。文化年間までは、木直、見日、尾札部川汲、板木(安浦)、臼尻(臼尻豊崎)、熊(大船)、ビロドマリ(双見)、磯谷、ケカチハマ(岩戸)、ボーロ、常路(大岩)などにアイヌの集落があった。
 嘉永七年の六ケ場所書上にもその様子が記録されているし、明治元年から一四年までの茅部山越人口調にもアイヌの戸口が記されている。落部から恵山のネタナイまでのアイヌは内浦アイヌと呼ばれ、その乙名はアイコウイン(寛文一〇年 一六七〇 狄蜂起集書)といった。天文二〇年(一五五一)当時、国縫から知内までには東夷の尹(イン)チコモタインというアイヌの大長(おおおさ)がいたという。