函館市/函館市地域史料アーカイブ

椴法華村史

第三編 椴法華発達史(明治元年から昭和30年まで)

第一章 明治時代

第三節 北海道庁設置頃の椴法華

一 伝染病の流行・水産税則

・一月一日よりグリニッヂ標準時間を採用する。
・三月三日 亀田・上磯郡役所と茅部・山越郡役所が合併し、亀田外三郡役所となり、この時七飯村に郡役所が置かれる。(明治三十年十一月廃止)
・三月八日 亀田警察署廃止のため戸井分署は新設の七飯警察署管轄となる。(椴法華村は戸井分署の管轄下に属する)
・三月十九日 北海道水産物取締規則制定。
・四月十四日 駒ヶ岳小噴火被害なし。
・四月 尾札部-鹿部間で鰊大漁となる。
 『鹿部村沿革史年表』によればこの時『四千六百石・漁獲搾粕とす』と記されている。
・この夏、全道的に気候不順で気温上昇せず、農作物の成育不十分となる。この年凶作。
・十月九日 説教所妙法寺(現大龍寺)設置を道庁に出願する。
・十月 椴法華小学校、校舎改築。
・十二月 下海岸沿岸鰮大漁。
・明治二十一年頃の本村の漁業
 鰮漁
 網  曳網(地曳網)とザル網(角網のことか、角網は十一月一日から十二月二十五日頃まで使用される)これ以外の網は禁止
 漁期 夏鰮漁は七月一日から九月末まで、秋鰮漁は十月一日から十二月二十五日頃まで。
 漁法 魚見船である胴船の船首に船頭が立ち、魚群の行動を探索し、魚群を発見するやマネを上げ(旗や松明を利用した合図)直ちに網を拭廻す。
 鰤漁
 網  曳網・建網・差網を使用、差網は曳網・建網の防げにならない場所に入れること。それ以外の網は認めず。
 昆布
 種類 昆布は長切・元揃の二種とする。(明治十九年以前は手繰昆布と元揃の二種であった。当時手繰昆布というのは竿前収獲の日を夏土用前二十日間に採取、元揃昆布は夏土用一日前に採取)
 採取 昆布の採取は旗が下りたら開始、旗が上ったら終了を示す。旗の係は漁業組合頭取があたる。
 採取具 鎌刈・子(ね)じり鉾二種以外は認めず。
 その他 毎年雑海草の取除をすること。
 以上記してきたことは、明治十八年に認可された椴法華村漁業組合申合規則にもられた内容で、これは明治の始めから行われてきた漁業慣習に、組合構成上の必要事項そして函館県からの意見を加えて作られたものであり、明治三十年頃までこのような方法で漁業が行われていたということである。
   椴法華村の鰮漁業経営
   親方は一期(四ヵ月)資本金、八百円から九百円を準備し、漁船・漁具・製造器具・乾場を準備し、歩方の漁夫を雇い食料費・雑費を負担する。親方(網主)の取分は三分・歩方漁夫七分の割合であった。
・この年・オッペケペー節・埴生の宿など流行する。