函館市/函館市地域史料アーカイブ

椴法華村史

第三編 椴法華発達史(明治元年から昭和30年まで)

第一章 明治時代

第三節 北海道庁設置頃の椴法華

一 伝染病の流行・水産税則

・二月 昨冬以来鱈鰮漁不振のため村内に多数の出稼者が出る。
・二月 全道的に天然痘流行、患者四千二百四名、内死亡者千三百五十余人に達す。
 この頃函館に居住する者の中には伝染病が流行するたびに、親類縁者を頼って下海岸地方へ避難する人達があったと云われている。
・三月三十一日 北海道水産税則を公布。
 これによって海産税が廃止され、海産物の現物を納めていた従来の税制度から現金を納める税制度に改革され(水産物産出高価額の一〇〇分の五)、実質的な減税となる。またこの時従来めんどうな手続や手間が必要であった出航税が廃止される。
・四月二日 函館・椴法華間郵便毎日差立となる。
・五月二十日 戸井警察分署が創設される。
 戸井警察分署は亀田警察署附属分署として設置されたもので、小安村・戸井村・尻岸内村・椴法華村を管轄するものとされた。この時椴法華村には常駐の警察官が配置された訳ではなく、必要に応じて警察官が来村する方法がとられており、警察関係の一般事務は(統計・調査・伝達等)戸長役場の手を借りていたようである。
・六月 竹内綱恵山硫黄鉱山の権利を大坂力松より譲り受け採鉱に従事。
・この夏、昆布漁不振、このため村内に困窮者が多数発生する。
・十月 園田実徳外一名水無沢において硫黄採掘を開始する。(その後経営者の交代、休山を繰り返しながら明治三十二年まで続けられる)
・十月 恵山付近に熊五頭が出没し馬六頭が喰われる。
・この年、村内に駅逓用の馬を準備する家四戸、馬数四十七頭、この年以後海上交通の発達により本村の駅逓は急速に衰え、明治二十五・六年には遂にその姿を消すことになる。
・この年、渡島地方への移民多く二千六百八十三人が流入する。
・この年、昆布・鰮・鱈等大不漁のため村内大不景気となり出稼者が多数出現する。