函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第八章 産業

第一節 水産業

八、戸井の魚の根について

 魚類には餌を求め、或は産卵場所を求めて大洋を回遊するものと、同じ理由で沖合の深いところと沿岸の浅いところを移動するものと二種ある。回遊魚は寒流に乗って移動するものと暖流に乗って移動するものとがある。然し何れにしても索餌(さくじ)と産卵の為の移動である。
 回遊魚の回遊する季節や回遊する経路は大体きまっているし、沖合から沿岸に寄って来る魚類もその季節と集る場所は大体きまっている。海底に岩礁が多く、海藻のたくさん繁茂している場所には産卵時期にたくさんの魚が集る。漁師はこの場所を「根」と称している。
 漁師は父祖の教えや、自分の永年の体験から、魚の種類による回遊の季節と回遊の道を知っていて、その季節、その場所へ行ってとる。ブリ、マグロは何月から何月まででどこの場所、鮭鱒は何月何日頃どの場所を通るかを知っている。又根につく魚はそれぞれ、何月から何月まで、どこの根に集るかを知っている。
 豊凶の差はあっても、魚によってとれる季節と場所は昔からきまっている。戸井でゴッコと称しているホテイウオは毎年寒中に大群をなして沿岸に押し寄せ、産卵を終ると一斉に沿岸から姿を消し、どこにかくれているものか翌年冬まで全然姿を見せない。ドンコ(エゾイソアイナメ)は深海魚で津軽海峡の真中の海溝に棲息しているらしいが、秋には若干沿岸へ寄って来て、漁港の岩壁の釣り人のハリにかかる。漁師は海溝を「フケ」と称しているがドンコの盛漁期には「フケ岸」で釣れる。
 沖合と沿岸を移動する魚にも、その季節と場所が一定していることは不思議な現象である。多くの魚類がどこに棲息し、どこで産卵し、稚魚はどこでどうして育つかという生態を漁師は殆んど知っていないが、この魚は何時頃どこへ来るかということは長年の経験でよく知っている。漁師は魚のとれる時期と場所を知っていれば事足りるので、魚の生態などを詮索(せんさく)することはしない。
 然し魚の根や回遊経路については実によく知っている。
 戸井沖は魚の宝庫である。漁師は「山」を目標にして根を発見し、それを覚えて漁をしている。戸井で魚をとるための目標の山は「丸山」である。丸山はいわば、夜に方角を知る北極星のようなものである。
 丸山の頂上が見える沖まで出て陸上の地形、地物と丸山の頂上を見通した縦の線と、函館山の陰から姿を表わす山を見通した横の線との交点で根の位置或は回遊魚の回遊経過を知るのである。
 函館山の陰から姿を表わす山を戸井の漁師は「ダラダラ山」「笠山」「江差山」と称している。この山が地図でどの山か、地図にはそんな山の名はない。漁師はこの山を体験で知り昔からそのように呼んでいる。
 戸井沖の根を西の方からいうと、丸山の頂上と汐首岬を結んだ線と「江差山出し」(漁師はこのように呼んでいる)の線の交わるあたりを「アジャパ根」といっている。
 この根を発見した人が、いつもその根で大漁するので、別な人がそこへ行って見ても全然釣れないので「アジャパー」といったというので「アジャパ根」と名づけられた。
 この根は細長い根なので、うまくその根に延繩が行くと大漁するが、潮流の為に流されて、その根を外れると全然とれないのだという。
 次の根は、丸山と瀬田来の地蔵堂を結んだ線と笠山出しの線の交点でこれを松根といっている。この根の江差山出しのフケ岸にドンコ根がある。
 次が丸山と忠魂碑を結んだ線と笠山出しの交点で、これを忠魂碑がかりといい、このあたりではソイ、ガヤ、ベロカジカなどがとれ、江差山を出すと、七月から九月頃まではマグロがよく釣れる。
 次がツネガカリでツネは峰(みね)の方言で、丸山の頂上を見通した線上に目立った峰がある。このあたりの漁は忠魂碑がかりと同様である。
 次が寺ガカリと呼ばれ、寺は法泉寺である。その次が古宮(ふるみや)ガカリといわれ、昔宮川神社のあった場所と丸山を見通した線である。次の宮ガカリは宮川神社と丸山を結んだ線である。次の四村根は、延繩の名人であった四村芳蔵が発見した根で、熊別の沢と丸山の頂上を結んだ線とダラダラ山出しの線の交点である。四村根の沖、江差山出しの根を沢中(さわなか)又はマサワという。
 次が武井の島と丸山の頂上を結んだ線と笠山出しの線の交点で、これを武井ガカリという。そのオカ(○○)のダラダラ山出しの根を地蔵根という、地蔵というのは鎌歌の地蔵堂のことである。沢中の次の一本松根は、一本松と丸山を見通した線と江差山出しの交点である。
 次は沖の方から、石倉根、学校根、新根(シネなどという)が縦に並んでいる。学校根というのは鎌歌小学校と丸山を結んだ線とダラダラ山出しの交点である。新根はダラダラ山出しの手前で武井の島から千米位のところである。
 次が原木根で、原木の沢と丸山を結んだ線と笠山出しの交点である。この点のダラダラ山出しのあたりをホヤ根と称しアカボヤがたくさんある。ここにはホタテ貝もある。ホヤ根のあたりはタラやマスがとれる場所でもある。
 江差山を出すと津軽海峡の真中でフケ岸といい、ドンコの漁場である。
 小安と釜谷の境の沖、エボシ山と江差山を結んだあたりにアジャパ根というソイの釣れる根がある。この根は町の〓佐藤豊次が昭和二十五、六年頃発見した根である。豊次がこの根で始終ソイを大漁するので、仲間がそのあたりへ行って延繩を打っても全然釣れなかった。この頃、「当てが外れた時」に「アジャパー」という言葉が流行していたので、ソイが一匹も釣れない時に「アジャパー」といった。それ以来このソイ根を「アジャパ根」と呼ぶようになった。
 この根は狭い範囲の区域の「飛び根」なので、その根に当ると必ず大漁するが、その根から外(はず)れると一匹も釣れなかったのである。アジャパ根は〓佐藤豊次専用の根であった。
 戸井沖の魚の根の概要は次の略図の通りである。これらの根は、戸井の漁師が長年に亘ってさぐり当てたものである。

戸井沖の魚の根の略図