函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第五章 教育の変遷

第一節 学校教育

八、学校給食の沿革


給食センター

 戸井町では昭和三十八年度から汐首小学校と鎌歌小学校の児童に対し、ミルク給食を実施して来たが、全道的に小、中学校で完全給食を実施する町村が増加して来たので、教育委員会は昭和四十一年度より完全給食を実施することを決定し、学校給食センターの建設、給食諸準備と並行して父母に対する啓蒙を行い、昭和四十二年二月八日から、小学校四校、中学校二校、併せて六校の児童生徒一五六八名に対し、センター方式による完全給食を実施したのである。
 
 1 開設以来の学校給食共同調理場(略称給食センター)職員

1 開設以来の学校給食共同調理場(略称給食センター)職員


給食センター職員

 
 2 開設以来の給食人員・給食費・当初予算(給食人員は職員を含んだ人数・給食費は月額)

2 開設以来の給食人員・給食費・当初予算(給食人員は職員を含んだ人数・給食費は月額)

 この表でもわかるように、開設以来六ヶ年間毎年児童生徒数が減少し、昭和四十一年二月八日の開設当時、一、五六八人であった給食人員が六年後の昭和四十七年四月一日現在で一、一五二人となり、四一六人も減少している。給食費は諸物価の値上りにより、六年間で四回値上げを行い、開設当時小学校月額五五〇円、中学校月額六三〇円であったものが、六年後の昭和四十七年度は、小学校一、〇〇〇円、中学校一、二〇〇円となり、開設当初の二倍近くになっている。
 給食費の徴収は、全町の小、中学校六校とも、P.T.Aの組織で行っているが、その納入率は殆んど一〇〇%である。
 
 3 学校給食共同調理場(通称給食センター)の概要
①所在地  浜町(熊別川の右岸)
②建築工事 着工昭和四一・八・二五 竣工昭和四一・一二・一〇
③構造   鉄骨ブロック造、平家建
④面積   二一八、八三平方メートル
⑤建築費  四、五二〇、〇〇〇円
⑥設備費   四、四五〇、〇〇〇円
⑦工事請負者 鹿部村字鹿部 吉建設株式会社
⑧設計管理者 函館市榎本町 北匠建設設計事務所
 
 4 学校給食運営委員会
 学校給食の運営は教育委員会から委嘱された運営委員で構成された学校給食運営委員会が行っている。運営委員の任期は二ヶ年で、町内七校(高校を含む)の学校長、P.T.A会長、校医、教育委員会代表、議会代表、役場代表等が委員に委嘱され、二年毎に会長、副会長、監事を選ぶ。
 運営委員会は予算、給食内容等の審議を行い、決算の承認を行い、設備、備品、給食内容等について教育委員会並に給食センターに対して意見具申をする。
 運営委員の任期は二ケ年であるが、学校長の委員は当該学校に在任する間継続して委嘱され、P.T.A.会長の委員は当該学校のP.T.A会長に在任する間継続し委嘱される。
 開設以来の学校給食委員は次の通りである。

[学校給食委員]

 センター方式による完全給食を実施してから六ヶ年の歳月を経過し、運営委員会や給食センターの努力により完全に軌道に乗った。連年の物価の値上りにより、六ヶ年間で四回給食費の値上げを実施したが、校下の父母の理解と協力により、給食費の納入率は殆んど一〇〇%である。学校給食は児童生徒の健康と体位の向上に大きな役割を果している。

給食センター調理室