函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第五章 教育の変遷

第一節 学校教育

二、公立小学校

 1、瀬田来学校
 明治十三年(一八八〇)二月初代戸長飯田東一郎が、瀬田来村民と協議し、公立小学校設立の伺書(うかがいしょ)を提出し、二月十八日、許可指令を受け、三月九日公立瀬田来学校として発足した。
 開校式には函館支庁学務係林悦郎と前田憲、郡役所学務係素木真竜が来臨し、村内からは戸長飯田東一郎、学校世話係館山喜兵衛外村内の有志父兄が多数参列した。教員は林小次郎、児童数は三十一名であった。板倉をもって假校舎として授業を開始した。
 
 2、戸井学校
 明治十三年(一八八〇)官の説得と戸長飯田東一郎の尽力により、私立戸井教育所を廃止して公立学校の設置を官に出願して認可されたので、明治十三年十月十八日に開校式を挙行した。校名を公立戸井学校とした。
 開校式には郡長広田千秋、函館師範学校監督村岡素一郎、函館支庁学務係林悦郎、郡役所学務係素木真竜が来賓として参列し、村内からは、戸長飯田東一郎、学校世話係宇治橋勇作外有志父兄が多数参列した。教員は納富六郎、児童数は二十六名であった。教室は私立戸井教育所のものをそのまま使用して、公立戸井学校としての授業を開始した。
 
 3、白浜学校
 戸長飯田東一郎の首唱により、部落民と協議の上、小安村字釜谷及び白浜の二字を通学区域とする公立学校設置の申請書を提出し、認可されたので、公立白浜学校として設置がきまり、明治十三年十月十八日に開校式を挙行した。戸井学校の開校式と同日であったので、白浜学校の開校式は午前中に終り、郡役所や函館支庁の役人は、徒歩で汐首岬を越えて、戸井学校の開校式に臨んだ。
 
 4、汐首学校
 戸井飯田東一郎の首唱により、部落民一同協議の上、公立学校設置の伺書(うかがいしょ)を提出し、明治十三年十二月十三日付で認可通知を受け、公立汐首学校の名称で、同年十二月二十四日に開校式を挙行した。創立当時の校舎は、汐首岬の上の高台にあった。
 
 5、小安学校
 小安村字村中を通学区域とする公立学校の設置がきまり、校名を公立小安学校として、明治十五年二月に開校式を挙行した。