函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第四章 旧家の沿革と人物略伝

第一節 旧家の沿革

 戸井町字浜町の〓山田家の先祖は五三郎といい、万延元年(一八六〇)九月七日、新潟県西蒲原(かんばら)郡松尾村に生れ、明治二十一年(一八八八)戸井村が鰮や鮪の大漁に湧き立っていた頃、大工職として〓宇美家を頼って渡道し、〓山崎金太郎家にワラジを脱ぎ、後浜中に居を構え、戸井村の各網元の家屋や土蔵などを建て、又村内の学校、寺院、神社、警察署などの建物で五三郎の手にかからないものはなかった。
 明治二十年(一八八七)生れの長男佐七も、長じて大工となり、父子協力して家業に励み、大工職の少なかった時代であったので、戸井村の家屋は殆んど山田父子の手によって建てられたのである。
 五三郎が老齢になってからは、佐七に一切を任せて隠居したが、不幸にも佐七は五三郎に先だち、昭和七年(一九三二)七月二十九日、四十六才の若さで病歿した。これより二年後の昭和九年(一九三四)十二月九日、五三郎も佐七の後を追うようにして病歿した。
 夫佐七に先立たれた妻ヨシノは、当時三十七才の若さで、四人の子はまだ幼かったので、途方にくれたが、けなげにも一家の生計を支えるために、馴れない豆腐屋を始め、苦闘の生活が続いたのである。
 ヨシノは女手一つで、文久三年生れの五三郎の妻ハツに老養を尽し、一家六人の口に糊するため豆腐屋の仕事に精励したのである。
 ヨシノの並々ならぬ努力によって、一家の生計も次第に楽になり、昭和二十六年(一九五一)三月十八日、姑ハツが九十二才の長寿を保って永眠し、四人の子もそれぞれ成長し、三人の女子を嫁がせ、長男三郎が家業を継いだのである。
 三郎は母の後を継いで家業に精励し、推されて戸井町議会議員に当選し、二期目を迎えて現在に及んでいる。
 ヨシノは現在七十七才に達したが、健在で長男夫婦の仕事を手伝っている。ヨシノは女性の亀鑑というべき人である。
 〓山田家は三郎までで三代目であり、戸井町の旧家とはいわれないが、大工職の少なかった昔に、五三郎、佐七父子が、戸井中の個人の住宅や公共の建物を最も良心的に建てた人として特筆すべき一家であろう。