函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第三章 伝説と逸話

第十三節 戸井の怪異談

 鎌歌小学校の背後の高台に今でも墓地があるが、昔このあたりは淋しい場所であった。
 戸井で鰛の大漁が続いた頃は、一月から五月頃まで、鰛の粕干しで村中忙しかったものである。この頃カネシタに原木の〓佐々木兼松の弟の佐々木安右衛門が、浜中の網元〓宇美家に「粕干し船頭」に雇われていた。(この頃は粕干(かすほ)しの頭領をも船頭と呼んでいた。)
 安右衛門は粕干しの期間中、〓の番屋に寝りし、一週間に一度カネシタの家へ帰っていた。この頃はまだコブタの海岸道路が開かれておらず、墓地の下の道路を通っていた時代であった。
 安右衛門は午後九時頃〓の番屋を出てカネシタの家に行き、夜中に番屋へ戻るのだが、墓地の下の道路を通るのは大てい午前二時半か三時頃であった。ところが墓地の下を通る時「オギァアー、オギャアー」という赤子の泣き声がやかましく聞こえることが度々あった。又墓地のあたり程でもなかったが〓宇美家の裏を通る時も、たまに赤子の泣き声が聞えた。
 安右衛門は「おれは今まで夜道を歩いてオッカナイと思ったことはなかったが、夜中に墓地のあたりから赤子の泣き声が聞こえた時は、体中がザワザワして身の毛がよだつ程淋しかった」と人々に語ったという。