函館市/函館市地域史料アーカイブ

戸井町史

第一章 位置と自然環境

第三節 地質構造と岩石

1、戸井の古生層
古生層の露出している地域とその状態
 
 (1)汐首岬付近
 古生層の変成岩が、第三紀層の中に突出露呈している。地質学上「古生層の島」といわれている貴重な構造である。この変成岩は重粘板岩質の岩石であり、地殻の圧力によって変質した動力変成岩である。変成の過程を推定すると、粘板岩(ねんばんがん)が千枚岩質粘板岩に変質し、凝灰岩(ぎょうかいがん)質の岩石が石灰質緑泥片岩(りょくでいへんがん)、或は緑簾緑泥岩(りょくれんりょくでいがん)に変質したものと思われる。然しこの地域の変成岩は、一般の片岩のように片岩質は完全ではなく、板状節理(ばんじょうせつり)も不規則である。
 
 (2)ヨモギナイ川、戸井川、蛯子川、熊別川の変成岩
 これらの川の川底、川岸、流域一帯には、汐首岬附近と同様な変成岩が露出している。しかもこれらの川をさかのぼる程、両岸の岩壁はこの岩石が厚大な層を形成している。
 これによって汐首岬から熊別川までの地域は、古生代の変成岩層が連続していることがわかり、同じ年代に地殻の変動のあった地域であることが推定される。これらの地域では、片岩の剥離(はくり)したものが磨滅(まめつ)して山道、川底、川原、海岸、海中、或は道路わきなどに、おびただしく散布している。古生代の変成岩がこのように露出している地域は珍らしい。

変成岩の板状節理(瀬田来)

 
2、戸井の第三紀層
 戸井地域の第三紀層の岩石は、灰色硅質頁岩(けいしつけつがん)、黒色硅質頁岩、角礫質(かくれきしつ)頁岩等で、頁岩類が多い。頁岩の色は種々であるが、その名のように灰色のもの黒色のもの等あるが、固くて割ると貝殻状の断口を示す。戸井の石器時代の遺跡から出土する、石鏃(せきぞく)、石槍(せきそう)、石匙(せきひ)、石錐(せきすい)などの材料になった石である。
 第三紀層には、頁岩類の層の外に、砂質粘土層、凝灰岩(ぎょうかいがん)層が各所に分布し、小安から石崎にかけては、灰色粘土層が、海岸段丘の削られた所に厚大な層をなして露出している。
 
3、戸井の火成岩層
 戸井地域の火成岩は、第三紀層を被覆(ひふく)して、最も広範囲に分布している。その大半は安山岩類であり、流紋岩(りゅうもんがん)や玄武岩(げんぶがん)が一部の地域に露出している。
 
 (1)安山岩類
 戸井地域は安山岩類が、最も広大な面積を占めて分布しており、堆積岩や変成岩を被覆している。この地域の安山岩は殆んど、輝石(きせき)を主成分とする複輝石(ふくきせき)安山岩である。戸井の板碑(いたび)の石材も複輝石安山岩である。渡島山脈に連続する安山岩は、殆んど輝石安山岩であるが、函館山を形成している安山岩だけは、角閃石(かくせんせき)安山岩である。安山岩は大てい暗黒色で、海岸の岩壁などに見事な柱状節理(ちゅうじょうせつり)を形成し、断面はガラス状の光沢(こうたく)をもっている。
 安山岩は殆んど、角礫質凝灰岩(かくれきしつぎょうかいがん)と同年代の噴出物(ふんしゅつぶつ)で、大てい同一地層に分布している。
 尻岸内町のメノコナイに、メノコナイ式安山岩と称せられる安山岩が露出しているが、この安山岩は古武井にも分布している。メノコナイ式安山岩は、大てい流紋岩(りゅうもんがん)の上層にあり、暗黒色で柱状節理がよく発達し、新しい断面はガラス状光沢を有している。
 又、汐首岬附近で、古生層の変成岩を貫ぬき或は被覆している岩石も安山岩の一種で、輝緑質(きりょくしつ)安山岩といわれ緑色を呈している。この石は、昔から「汐首石(しおくびいし)」の名で知られている有名な岩石である。
 この「汐首石」は磨いて墓碑などに使用されている。汐首、瀬田来などの墓地には「汐首石」の墓碑がたくさん建てられている。
 恵山、横津火山群、丸山、笹積山、毛無山を覆い、戸井、鎌歌、原木、日浦からメノコナイ、古武井の海岸に露出している岩石は殆んど複輝石安山岩である。
 
 (2)流紋岩類
 流紋岩類は若干の変成作用を受け、安山岩とは構造も色も異っているが、安山岩と同一年代に噴出した火山岩である。流紋岩は第三紀層を貫ぬき、或はこれを被覆しているが、下海岸に最も広く厚く分布しているものは、緑色及び暗緑色の安山岩に覆われている。下海岸の流紋岩の分布
 
  イ、日浦及び原木附近
   第三紀層を貫き、又は緑色安山岩に被覆されていて、色は緑色である。
  ロ、小安石崎の境附近
   古生層の片状岩を基底として噴出した岩石で、乳房状(にゅうぼうじょう)の山を形成している流紋岩があり、色は淡紅色である。
  ハ、尻岸内町、古武井川の谷
   古武井川の谷に緻密(ちみつ)な流紋岩の露出がある。古武井硫黄鉱床の下層はこの岩石である。暗緑色で、ガラス状光沢を呈している。
  二、玄武岩
   戸井漁港、コブタ附近の海岸に露出している岩石及び武井の島を形成している岩石は玄武岩で、板状又は柱状節理を呈している。然しその節理は不完全、不規則である。暗灰色で、新しい断面はガラス状光沢を呈している。
 
4、戸井の第四紀層
 戸井の海岸段丘(だんきゅう)は、第四紀の前半即ち、洪積紀(こうせきき)に形成されたものである。海岸段丘は洪積台地ともいわれている。この台地は、海底が隆起して出来たもので、台地の脚(きゃく)から海岸までは、沖積層の平地が発達している。湯の川から原木まで続いている海岸段丘は、最も模式的(もしきてき)な段丘である。
 第四紀層は、主に砂礫層をなしていて、時代の古いものは海岸段丘を被覆している。これは洪積紀における堆積物と推定される。
 海岸段丘の下から海岸までの平地、川の両岸、川口附近の地層は沖積層である。新しい地層に混っている浮石質物質は、恐らく火山活動の盛んな時代の、毛無山、丸山、笹積山などの噴火による噴出物であろう。これらの山々の噴火は、沖積紀と判断されるので、今から8000年乃至10000年位前であろう。戸井附近の山は、それ以来火山活動を終止したものと思われる。下海岸の山々で、恵山だけは歴史時代になってからも、幾度か噴火しているが、戸井の山々の噴火は、すべて有史以前に終ったのである。
 現今でも、コブタ、原木、日浦海岸を歩いて、海岸に迫っている地層や柱状節理をなしている岩石を見ると、太古の火山活動をまざまざと想像出来る痕跡(こんせき)を止(とど)めていることがわかる。
 
5、海岸段丘について
 戸井の海岸沿いに発達している海岸段丘は、洪積紀の昔、海底であったところが隆起してできたことは、前に述べたが、段丘や段丘の縁に硅藻土層(けいそうどそう)があったり、貝殻や魚類、貝類その他の海棲動物の化石が出たりするのは、昔海底であった一つの証拠である。熊別坂附近に硅藻土層があり、海岸段丘から貝などの化石が発見されることがある。
 但し海岸段丘から石器、土器と一しょに貝がらが層をなして出土するのは、石器時代の遺跡であって洪積紀のものではない。
 渡島山脈に沿った地域の海岸段丘は、汀線(ていせん)に近く20米乃至40米の断崖をもって終り、段丘はゆるい傾斜をもって約100米位の高さまで広がり、渡島山脈の縁を限っている。
 然し戸井地域の海岸段丘の幅は、あまり大きくなく、海岸に迫っている。
 海岸段丘は、地質的には、第三紀層の堆積岩及び流紋岩、安山岩、玄武岩などが、海水の浸蝕作用(しんしょくさよう)を受けて形成され、その上部に種々の厚さの礫層(れきそう)が発達している。岩石の上に堆積された礫(れき)の種類はいろいろある。又海岸段丘の層は、地域によって種々である。海岸段丘を構成している地層を分析検討すれば、その地域の地質、地層の変遷の概要を推定することが出来る。
 下海岸の海岸段丘の地層の主なものを挙げて見ると、大体次のようなものである。
 
  イ、湯の川から汐首岬の間
   堆積岩又は火成岩の上を、浮石質の礫層が被覆している。
  ロ、根崎から石崎の間
   この間の海岸段丘の地層には、古生代の変成岩や火成岩の露出は見られず、第三紀層と推定される厚い灰色粘土層、砂質粘土層が露出しており、その上を砂礫層が被覆している。
  ハ、小安石崎の間
    小安附近の海岸段丘の地層は、最下層に古生代の変成岩があって、それが浪打際から海底にはいっている。その上に火山爆発によって噴出した流紋岩があり、最上層には、第四紀後半のものと推定される浮石質の礫層がある。この三層が海岸段丘の縁に露出している。
 
  以上の下海岸の代表的な海岸段丘の地層を分析検討すれば、この地域の太古からの地殻の変動、火山活動の歴史が推定出来る。

海岸段丘


武井の島の玄武岩