函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第5編 交通・通信

第1章 交通

第10節 海上交通

4、盛況を極める海運業

 明治44年(1911)5月17日付の函館日日新聞に船会社の広告欄が載っている。
 この広告から、当時の函館港の海運業がいかに盛況であったか、およそ想像がつく。
 まずは最大手の日本郵船・大阪商船、後の国鉄青函連絡船の鉄道院函館青森定期船を始め、函館の金森合名会社、回漕店あるいは海運部、大手の代理店など船会社の多様さ、広告数の多さが目につく。次に航路であるが渡島・檜山の近海は勿論、噴火湾・日高沿岸から北海道全域−小樽など日本海側・釧路根室の太平洋側、さらには当時の日本の領土である国後択捉島、サハリン沿岸、本州方面では対岸の津軽下北、遠距離では日本海西廻りの新潟敦賀下関・尾道など瀬戸内海まで、太平洋東廻りでは首都圏の横浜・関西の神戸などなど、函館港からの定期航路が全国の主な港へ開かれていたことが分かる。
 この時代、鉄道・陸上交通にくらべ海運の発展が目覚ましかったことが窺える。
 以下、当時の新聞(函館日日新聞・函館毎日新聞)から郷土・下海岸の船便を記す。
 
 〈明治三十五~三十八年・一九〇二~一九〇五〉
 林回漕店(函亀汽船合資会社)
  有川丸   ・汐首−瀬田来−戸井−尻岸内−根田内
  福嶋丸   ・尻岸内−根田内−椴法華−木直−尾札部
 樋口回漕店
  新古宇丸  ・戸井−日浦−尻岸内−根田内−椴法華
 宮本回漕店
  観音丸   ・戸井−尻岸内−根田内−椴法華
 板村商船部(恵山汽船合資会社)
  大一丸   ・汐首−戸井−日浦−尻岸内古武井−根田内−椴法華−古部−木直−尾札部臼尻−熊
  大一丸   ・戸井−日浦−尻岸内古武井−根田内−椴法華
  福栄丸   ・同所行
  有川丸   ・同 右
  有川丸   ・明治三十七年から 古武井古武井鉱山)直行
 山縣鉱山回漕部
  福嶋丸   ・古武井古武井鉱山)
 函館汽船切符販売会社
  近洋丸   ・戸井−日浦−尻岸内
  上磯丸   ・戸井−日浦−尻岸内−根田内−椴法華
 吉田回漕部
  振分丸   ・汐首−戸井−尻岸内古武井−根田内−椴法華
 〈明治四十二~四十五年・一九〇七~一九一二〉
 板村商船部(恵山汽船合資会社)
  大一丸   ・戸井−日浦−尻岸内古武井−根田内−椴法華
  先山丸   ・同所行
  西久丸   ・同 右
  無事丸   ・同 右
  喜生丸   ・同 右
  厚岸丸   ・同 右
  有川丸   ・古武井古武井鉱山)直行
 保坂回漕店(押野鉱山汽船)
  礦運丸   ・古武井古武井鉱山)直行
 押野鉱山汽船
  苫前丸   ・古武井古武井鉱山)直行
 樋口回漕店
  第三古宇丸 ・戸井−日浦−尻岸内−根田内−椴法華
  有川丸   ・川尻−戸井−日浦−尻岸内−根田内
 高橋回漕店
  新古宇丸  ・根田内−椴法華−古部
  有川丸   ・戸井−尻岸内−根田内
 吉田回漕合名会社
  松前丸   ・戸井−尻岸内−根田内
 宮本回漕店
  観音丸   ・戸井−尻岸内−根田内−椴法華
 工藤海運部
  茅部丸   ・根田内−椴法華−古部−木直−見日−尾札部
  鳳至丸   ・根田内−木直−臼尻−熊−磯谷−鹿部
 〈大正元~十五年・一九一二~一九二六〉
 工藤海運部
  茅部丸   ・尻岸内古武井−根田内−椴法華−古部−木直−見日−尾札部川汲
  順天丸   ・戸井−尻岸内古武井−根田内−椴法華−古部−木直−見日−尾札部川汲
  鳳至丸   ・古武井−本別(鹿部)
  金比羅丸  ・日浦−尻岸内女那川椴法華−島
 吉田回漕合名会社
  護全丸   ・尻岸内−根田内−椴法華−古部−見日−尾札部
 板村商船部
  鹿島丸   ・尻岸内女那川−根田内−椴法華
  小浜丸   ・同所行
 佐々木回漕店
  第三福山丸 ・根田内行
 関川回漕店
  慶正丸   ・戸井−日浦−尻岸内女那川
 保坂回漕店
  護全丸   ・尻岸内古武井−根田内
  礦運丸   ・古武井尾札部川汲−板木−熊−磯谷
  護全丸   ・同所行
  喜久丸   ・尻岸内女那川−根田内−椴法華
  明石丸   ・尻岸内女那川古武井椴法華−熊
 保坂回漕店(押野鉱山汽船)
  礦運丸   ・同所行
  海運丸   ・同上
  三四福丸  ・尻岸内椴法華
  共栄丸   ・尻岸内女那川
 村田回漕店
  福井丸   ・汐首−戸井−日浦−尻岸内女那川
  福栄丸   ・戸井浜中−日浦−尻岸内女那川
  太古丸   ・根田内行
  金比羅丸  ・日浦−尻岸内女那川椴法華−島
 海陸共通社
  観音丸   ・尻岸内椴法華−古部
 橋谷回漕店
  良運丸   ・戸井−日浦−尻岸内女那川古武井−根田内
  勝栄丸   ・汐首−瀬田来−戸井−鎌歌−原木−日浦
  正運丸   ・汐首−瀬田来−戸井−原木−日浦−尻岸内女那川 
 濱岡船舶部
  第二寿丸  ・戸井−日浦−尻岸内女那川−根田内
 丸太回漕店
  栄宝丸   ・日浦−尻岸内女那川古武井−根田内
  正生丸   ・汐首−瀬田来−戸井−鎌歌−原木−根田内
 牛山回漕店
  西海丸   ・日浦−尻岸内女那川古武井−根田内−磯谷
  西久丸   ・戸井−日浦−尻岸内古武井椴法華−古部−木直−見日−尾札部川汲−板木−臼尻−熊
 函青汽船株式会社(高栄組)
  高星丸   ・戸井−尻岸内女那川古武井
  永宝丸   ・原木−日浦−根田内−磯谷−椴法華
  忠福丸   ・戸井−日浦−尻岸内女那川古武井−根田内−磯谷−元村−椴法華−島
  酒田丸   ・戸井−日浦−武井
 渡嶋汽船株式会社
  西久丸   ・戸井−日浦−尻岸内女那川古武井−根田内−磯谷−椴法華
 
 ここに記載した船便は毎日・隔日便、週便、月1・2便などいずれも定期便である。
 広告を見る限り、函館と郷土を結ぶ船便は相当数に上り、旅客の往来・物資の流通の活発さをものがたっている。特に、明治34・35年に開坑した古武井鉱山の硫黄運搬船、山縣鉱山の福嶋丸・押野鉱山の礦運丸などは、函館・古武井間の直行便として毎日就航しており、古武井・恵山地区の人々に大いに利用されていたという。
 また、地元でもこの海運の盛況ぶりから海運会社・恵山汽船を設立、板村商船部の所有船、大一丸等をチャーターし函館から戸井・椴法華間の沿岸部や古武井(硫黄鉱山)直行便を就航させている。詳細については5、次項に記す。