函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第3編 行政

第5章 現在の郷土の行政

第1節 平和条約

4、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約

 1945年(昭和20年)4月、米軍が沖縄本島に上陸してから3カ月にも及ぶ激しい戦闘で、沖縄県民は多大の犠牲を強いられた。県民の死者は日本軍の死者10万人をはるかにこえ20万人近くに達するといわれている。
 1952年(昭和27年)4月28日は、日本の独立が実現した日であった。しかし、沖縄県民にとっては祖国から切り離された屈辱の日であり、米国の軍政下にあって、政治の自由もなく、米軍の土地収用・人権侵害に苦難の日々を送ることとなったのである。
 しかし、1960年代における『日米新時代』の到来とともに沖縄の祖国復帰運動がようやく本格的になった。県民は1960年(昭和35年)に沖縄県祖国復帰協議会を結成して復帰運動を盛りあげ、政府は米国との間に沖縄返還交渉を進めた。
 1968年(昭和43年)米民政府は琉球政府主席の公選を認め、翌69年に佐藤・ニクソンの日米共同声明で、1972年・核抜き・本土なみの返還が約束された。
 こうして、1971年(昭和46年)6月、沖縄返還協定が調印され、翌72年5月15日、沖縄の祖国復帰が実現した。しかし、米軍基地は依然として多く存在し、基地を巡る諸々の問題が生じている現状である。
 
・国際復帰関連
1949年10月 1日 中華人民共和国成立
1950年 6月 6日 日本共産党中央委員追放
1950年 6月25日 朝鮮戦争勃発
 〃  7月28日 GHQ、警察予備隊創設を指令
1951年 4月11日 米政府GHQ最高司令官マッカーサー解任
 〃  4月18日 米国務省顧問ダレス・吉田首相会談
 〃  9月 8日 サンフランシスコ平和条約・安保条約調印
1952年 2月28日 日米行政協定調印
 〃  4月28日 サンフランシスコ平和条約・安保条約発効
 〃  4月28日 日華平和条約(日台条約)調印
 〃  6月 9日 日印平和条約調印
1953年 7月27日 朝鮮休戦協定調印
1954年 3月 8日 M・S・A(相互安全保障)協定調印
 〃  7月 1日 防衛庁・自衛隊発足
1956年10月19日 日ソ共同宣言
 〃 12月18日 国連、日本の加盟を承認