函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第1章 北海道の先史時代

第2節 縄文時代

2、縄文時代早期

 町内では中浜E遺跡(北海道埋蔵文化財センター、1985)、日の浜砂丘1遺跡(久保ほか、1986)、古武井9遺跡(小笠原、1984)から早期の遺物が出土している。中浜E遺跡から出土した早期前半の土器には、貝殻腹縁(かいがらふくえん)圧痕文や爪形文が施文されたノダップⅠ式に類似する土器片(第12図1~5)、貝殻腹縁連続波状文や貝殻腹縁押引(おしび)き文が施文された住吉町遺跡に類例が求められる吹切沢(ふっきりざわ)式系の土器(第12図6~9)、貝殻条痕文が施文された大澗式の土器(第12図10~14)、貝殻腹縁圧痕文と波状沈線が施文された七飯町鳴川遺跡出土の土器に類例がみられる土器片(第12図15~19)、沈線と刺突の組み合わせや、貼付文、絡条体圧痕文、刺突文、沈線文が施文されたムシリⅠ式、早稲田3類に対比される土器片(第12図20~23)がある。また、早期後半の縦位の短縄文、組紐圧痕文、絡条体圧痕文が施文された東釧路Ⅲ式土器(第12図24~31)、細い貼付帯(てんふたい)上に縄の圧痕が施文されたコッタロ式土器(第12図32~33)、微隆起線上まで短縄文、絡条体圧痕文、斜行縄文などが施文された中茶路式土器(第12図34~38)、羽状の撚糸文や撚糸の側面圧痕文、短縄文、絡条体圧痕文、ニシンあるいはマイワシ類の脊椎骨を回転させた魚骨回転文などが施文された東釧路Ⅳ式土器などの破片(第12図39~44)も出土。
 同遺跡の早期の土器に伴った石器には、Ⅲ層下位とⅣ層中位から石鏃(第13図1~10)、石槍(第13図11~14)、石錐(第13図15~16)、つまみ付きナイフ(第13図17~19)、箆状(へらじょう)石器やスクレーパー(第13図20~23)、磨製石斧(第14図1~2)、断面が三角形の礫を用いた磨石(第14図3~6)、たたき石(第14図6~9)、小型な扁平礫の両端を打ち欠いて作製した石錘(第14図10~13)、砥石(といし)(第14図14)、石皿(第14図15)などの石器がある。
 日の浜砂丘1遺跡でも最下層から、貝殻復縁押引き文、貝殻腹縁連続波状文、貝殻条痕文などが施文された土器(第15図1~8)、微量の繊維を含み組紐圧痕文が施文された東釧路Ⅲ式土器(第15図9~12)、絡条体圧痕文や短縄文が施文された中茶路式土器(第15図13~15)、羽状縄文が施文された東釧路Ⅳ式土器(第15図16~23、第27図1)など、早期から前期初頭の土器片がわずかと、断面が三角形の磨石、石錘、擦切磨製石斧、擦切具などが出土している。また、古武井9遺跡からもわずかではあるがノダップⅠ式土器の破片が出土(第31図1~3、5)。
 貝殻文尖底土器から縄文が施された平底土器までの遺物が発見され、早期初頭から末葉に恵山町で縄文人が生活していたことは確かだが、住居跡が発見されておらず定住していたのか、狩猟漁労を行うために一時的なキャンプ生活をしていたのかは不明である。

第12図 中浜E遺跡から出土した早期の土器片(1~5、ノダップⅠ式、6~9、15~19、住吉町式、20~23、ムシリ式・早稲田3類、24~31、東釧路Ⅲ式、32~33、コッタロ式、34~39、中茶路式、39~44、東釧路Ⅳ式)
尻岸内町中浜E遺跡』北海道埋蔵文化財センター、1985


第13図 中浜E遺跡から出土した早期の石器(1)(1~10、石鏃、11~14、石槍、15~16、石錐、17~19、つまみ付きナイフ、20~22、箆状石器、23、スクレーパー)
尻岸内町中浜E遺跡』北海道埋蔵文化財センター、1985


第14図 中浜E遺跡から出土した早期の石器(2)(1~2、石斧、3~7、磨石、8~9、敲石、10~13、石錘、14、砥石、15、石皿・台石)
尻岸内町中浜E遺跡』北海道埋蔵文化財センター、1985


第15図 日の浜1遺跡から出土した初期の土器片(1~8、貝殻文系、9~12、東釧路Ⅲ式、13~15、中茶路式、16~23、東釧路Ⅳ式)
『日の浜砂丘1遺跡』北海道恵山町教育委員会、1986