函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第1編 自然

第4章 恵山をとりまく海洋

第7節 海峡と漁業

1、海峡の旬の魚たち

 寒帯を代表するマダラ(図7−5)は12月になると、恵山の海峡側ではマダラはえ縄漁が行われるが、海峡内などに産卵のために来遊するマダラを漁獲している。一方、陸奥湾の湾口部などでは底建て網という定置網の一種で産卵前のマダラを漁獲する。このマダラは、温暖期に入った平成元年あたりをピークに漁獲量は急激に減少している。海峡のマダラは、太平洋側を中心とする陸棚に広く回遊し、再び産卵のために戻ってくることが明らかになりつつある。
 マダラは、水槽での産卵行動の観察などから、潮通しのよい砂泥上の海底に来遊し、メスは数百万の卵を一気に産卵し、それにオスが精子をかけ産卵された卵は海底に沈んで、ばらまかれた状態でふ化を待つ。しかも、正常に卵が発生する水温は8℃が上限である。平成以降の産卵場となる陸奥湾の水温は12月以降の産卵期でも8℃を上回ることが多くなった。せっかく産卵された卵も高水温の中では死亡率が高くなるが、寿命が1年のイカとは違って4年後以降に親となって産卵場に戻るため、再生産の成功と失敗の結果もすぐには現れない。今、青森県と北海道ではマダラの産卵場への回帰性を利用して、人工ふ化稚魚を育成して放流する事業に入り、その稚魚が親となって再び陸奥湾に戻ってきつつある。減る魚に対して、漁業者自らが捕るだけではなく、マダラ資源を増やすための努力を始めている。
 
①恵山沖の産卵回遊経路
 ところで、マダラはえ縄漁や一本釣りが行われる恵山の海峡側の漁場となっている箇所に、はい上がる底層の水を確認することができた。すなわち第4節4で示した図4−10に、恵山側の水深100メートル位までのところに12℃以下の冷たい水が見られた。このような水温の値は海峡の最深部と同じである。この冷水は密度でも大変重いのだが、沖側の観測点306から309のどの水深の水よりも重い水が、斜面の上側に分布していた。同図での流向流速図からわかるようにちょうどこの冷水の南側が津軽暖流水の強流帯になっていることもあるが、本来ならばこの重い水が斜面に沿って深みの方に落ちてくるはずが、浅いところに留まっている。その理由にはもう1つ考えられる。地球上で流れがあると地球が回転しているために特別な力(コリオリの力)が働く。北半球では流れる方向に向かって右側に働く。すなわち恵山側の重い水は海峡を西向きに流れているので、この流れに働く特別な力は斜面の上の方に持ち上げるように働く。その結果、このような静的に見ると不安定な状態が、運動学的には安定して維持されていると考えられている。
 そしてこの重い水の出現場所として顕著に見られるのは、戸井町汐首岬付近である。津軽暖流水が強くなる8月頃から、表層や沖側の強い流れに引き込まれて底近くの冷たくて重い水が斜面に沿ってはい上がってくる。秋口には、この水温の水はマダラの産卵回遊の経路となる。恵山の漁業者はこの底層の冷水の中でとても立派なマダラを獲っている。底層の冷たく重い水が恵山沖の方から戸井に向けて西向きに流れていることは近隣の漁業者たちには周知の事実である。
 
 ②木古内湾で産卵するマダラの群
 渡島支庁から根室支庁にいたる太平洋側の海域では、1980年ころからマダラの漁獲量が急激に増加し津軽海峡周辺の道南海域でも冬場の重要な漁獲対象になっているが、知内町では木古内湾に来遊したマダラのその後の移動回遊経路、および陸奥湾の産卵群との関係を明らかにするため、1987年から1993年にかけて知内町漁業協同組合が主体となって、毎年同じ時期に産卵直前のマダラ成魚の標識放流を実施した(〈文献5〉)。
 その結果放流個体数は、年および場所によって23〜45個体と異なるが、1987年から1993年までに総計323個体を標識放流し、72個体が再捕された。再捕率は放流した年および場所によって8.0〜37.1パーセントと幅があるが、全体の平均では22.3パーセントであった。
 地点別の再捕個体数を図7−6に示した。数字は放流から再補に要した日数を示す(un.は再捕月日が不明)。津軽海峡内では放流地点の木古内湾およびその周辺海域で37個体、恵山周辺で18個体、太平洋側では室蘭周辺で5個体、襟裳岬周辺で4個体、釧路および霧多布沖の道東で4個体であった。また日本海側では松前で2個体、青森県では平館および佐井村で1個体ずつ再捕された。
 再捕までの経過日数を再捕場所ごとにみると、木古内湾およびその周辺では2個体が1年以上であったが、これ以外はすべて9日以内と短かかった。恵山町周辺では4日の1個体を除き、すべて20日以上で、100日台が2個体、1年近くが1個体みられた。太平洋側では、室蘭周辺で20〜76日、襟裳岬周辺は再捕日不明3個体と319日が1個体、道東では114〜141日であった。また、松前では296日、青森では平館で14日、佐井村で340日であった。これら各海域への移動距離と経過日数の関係については、再捕水深が津軽海峡内は主に40メートル以浅、太平洋側は100〜200メートルが中心であったことから、津軽海峡内では直線移動、太平洋側では100メートル等深線沿いに移動したと仮定すれば、放流後10日以内は放流点付近での再捕が多いが、移動距離は日数の経過とともに長くなり、150日前後で約500キロメートルであった。しかしほぼ1年経過すると、再び放流点付近での再捕が多くなった。
 以上のことから次のようなことが考えられた。
 マダラの再捕場所および再捕時期の推移から、木古内湾で産卵前に放流されたマダラは、大半は津軽海峡から太平洋側に短期間で移動し、その一部は北海道太平洋岸沿いに100日以上かけて道東まで移動することが確認された。また、翌年の産卵期には再び木古内湾周辺で再捕されていることから、翌年木古内湾に産卵回帰することが示唆された。さらにごく一部は日本海にも回遊することが明らかになった。この移動回遊経路は、陸奥湾の産卵後のマダラのそれと良く類似している、とのことである。
 次に図7−7は、マダラの月別漁穫量の変動(北海道水産部漁業統計、1985〜1993)である。北海道南部の知内から森までの海域を木古内湾周辺(●)、恵山周辺(○)、および太平洋側(▲)に分けてみると、秋から冬にかけて太平洋側から恵山周辺、そして木古内湾周辺へと漁場が移り、木古内湾では12月から1月に盛漁期を迎える。さらに、冬から春にかけては逆に木古内湾から太平洋側へ漁場が移る傾向がみられる。この漁場の推移は、再捕結果から推定された木古内湾から太平洋への移動、および太平洋側からの産卵回帰と一致している。
 再度同図において海域毎のマダラが再捕された時期をみると、木古内湾とその周辺では毎年1月20日までに再捕され、恵山周辺では4日後の1個体を除き毎年1月31日以降に再補されている。この1月20日から1月31日までの1月下旬にあたる期間には、青森県平館で1個体再捕されただけである。聞き取り調査によれば、盛漁期のマダラのほとんどは外見上未産卵であり、1月上・中旬に放流魚を確保するときも放卵後の個体はほとんどみられていない。一方、恵山では1月下旬には産卵後の個体がみられ、聞き取り調査でも、2月以降に漁獲されるマダラのほとんどが産卵後の個体であった。マダラは1回の放卵で産卵を完了し1時期に集中して産卵することから、木古内湾のマダラは毎年、恵山周辺まで移動する間の1月下旬以降の短い期間に集中して産卵していると推定される。
 ところでこの1月下旬に、木古内湾では漁獲量が大きく減少したが、陸奥湾では産卵盛期となり漁獲量も最大になった。さらに木古内湾の産卵前のマダラと、陸奥湾の産卵後のマダラの移動回遊経路が類似することから、木古内湾から陸奥湾への産卵回遊が想定される。しかし陸奥湾に来遊する魚群の多くは、湾口から南下して陸奥湾内に入り込み、一時停滞してから湾外に移動すると考えられているが、木古内湾で放流したマダラは、陸奥湾では湾口部で2個体再捕されたのみであり陸奥湾の漁獲量の95パーセント以上を占める脇野沢ではまったく再捕されていない。したがって木古内湾のマダラは陸奥湾への産卵回遊は少なく、木古内湾から恵山にいたる北海道沿岸で産卵すると考えられる。
 陸奥湾では、産卵盛期に脇野沢周辺の水深60〜70メートルの平坦な海底域が好漁場になっている。マダラの産卵は底質に大きく依存することから、このような海域が産卵適地と考えられる。産卵が行われていると考えられる木古内湾から恵山にいたる海域では、木古内湾に水深80メートル以浅の平坦な海域が沖合まで広がっており、産卵場の存在が示唆される。しかし、恵山周辺は浅海部が少なく、1月に木古内では熟卵を持つマダラを漁獲物から確保できるが、恵山では困難であることから、産卵場である可能性は低い。したがって木古内湾では産卵盛期と考えられる1月下旬に漁獲量は大きく減少するが、主漁法である底建網の魚場はほとんど40メートル以浅であることから、底建網漁場の沖合域が産卵場である可能性が高い。