函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第1編 自然

第3章 自然災害

第1節 気象災害

 亀田半島における気象災害の記録は、明治期に入ってからのものが多く、恵山町域にかかわる風水害・融雪洪水・暴風雪、大雪・雪崩(なだれ)・高潮、波浪害・冷害、凶作などの主な記録を年代順に列記すれば次のとおりである。
 
・1846年(弘化3年)7月31日、豪雨により古武井〜根田内地区、裏山土砂崩れのため死者29人、怪我人12人、潰家9戸、半潰1戸、丸小屋22戸倒壊、ほか漁船29隻被害、この豪雨による土砂流失災害は、第3節(火山災害)の弘化3年9月30日の恵山水蒸気爆発と火山泥流(熱泥)発生の2か月前の事件である(尻岸内町史、1970、勝井ほか、1983)。
 
・1908年(明治41年)3月8日、崩雪(雪崩)。古武井硫黄鉱山・朝田鉱山の双股、旧山の2か所に大崩雪発生、住宅18戸倒壊、雪崩による圧死・火災発生による焼死、合わせて29人、重傷者4人(尻岸内町史、1970、恵山ふるさと民話の会・古武井鉱山物語、1992)。(写真参照)

朝田鉱山雪害横死者の碑

 
・1918年(大正7年)9月5日・6日、集中豪雨下海岸地方に襲来、椴法華村で山崩れ発生、家屋倒壊・流失合わせて13戸、死者4人、負傷者11人(椴法華村史、1989)。
 
・1940年(昭和15年)9月16〜17日、豪雨下海岸地方を襲い、女那川地区・古武井地区を中心に土砂崩れによる甚大な被害を受ける。死者9人(内、7人が幼児・小学生、戸井村1人)、負傷者2人、家屋全壊16戸、半壊・一部倒壊20戸、寄貝歌部落は15戸中13戸が全壊するなど大惨事となる。
 
・1954年(昭和29年)9月26日、台風15号(洞爺丸台風)は、恵山町においても家屋全壊26戸、半壊587戸、漁船損害89隻、および農林業に甚大な被害を与えた。
 
・1958年(昭和33年)9月27日、台風22号により全町海岸に高潮襲来、死者2人、重軽傷者8人、家屋全壊8戸、流出3戸、半壊151戸(災害救助法適用)。(写真3.2参照)
 
・1959年(昭和34年)2月19日、猛吹雪のため御崎沖で第2香取丸沈没、乗組員13人全員死亡(尻岸内町史)。
 
・1960年(昭和35年)10月14日、高潮により全町海岸道路決壊18か所、漁船小破36隻、中破1隻(尻岸内町史)。
・同年10月21日、再び高潮により全町道路決壊4か所、漁船小破1隻、中破1隻、磯船大破7隻、家屋小破5戸、自動車損害2台(尻岸内町史)。
 
・1961年(昭和36年)10月6日、台風23号襲来により全町の畑地、家屋に甚大の被害を被る。
・同年10月10〜11日、再び台風襲来、全町被害総額5千万円にのぼる被害を受けた。
・同年10月29日、高潮により道路9か所、漁船その他の被害、総額690万円に及ぶ。
 
・1962年(昭和37年)2月11日、暴風により全町の家屋全壊3戸、半壊7戸、学校屋根延べ70坪の被害となる。
・同年8月9日、大雨により全町家屋床下浸水9戸、その他被害額332万円。
・同年8月27日、14号台風による大雨で家屋床下浸水・農作物冠水その他被害額180万円(以上尻岸内町史)。
 
・1964年(昭和39年)11月12〜13日、高潮により簡易船揚場、古武井・日浦被害面積444平方メートル(尻岸内町史)。
 
・1965年(昭和40年)1月9日、高潮により全町で負傷者2人、床上浸水23戸、その他被害甚大、被害総額1億1千3百万円にのぼる(尻岸内町史)。