函館市/函館市地域史料アーカイブ

恵山町史

第1編 自然

第2章 恵山町の気候

第2節 四季節の移り変わり

 11月前半の亀田半島は、まだ秋の色が濃く、時折暖かい日和を楽しめる。しかし、11月後半には本格的な冬の到来を告げるような降雪に見舞われる。この時季から翌年2月末まで、北西季節風が卓越し本格的な冬の季節となる。この北西季節風は連日吹き荒れるわけではなく(日本海側海岸地方のように)、5〜10日位の周期で強弱を繰り返すのが平年の冬の推移である。
 低気圧が通過するまでは降雪があり、風はさほど強まりを見せないが、寒冷前線の通過とともに北西の季節風に乗って寒波が押し寄せ、気温は急に低下し、風は強まり吹雪となるが降雪量はさほど多くはない。風は恵山岬周辺で風速10〜29メートル/秒(1月)に達することも稀ではなく、ことに大陸の高気圧が優勢で、太平洋の低気圧の発達が急激なときは最大風速20メートル/秒を超える。このような気象のときは冬の海難事故も多い。ただ、汐首岬以東に限ってみれば、北西の季節風は、北側の標高400〜600メートルの山地に阻まれ比較的穏やかであり、また、海域もこの時季にしては凪ぎの日が多い。北西に切り立った活火山恵山を背負った御崎・恵山・古武井地区は北西の季節風を殆ど受けず穏やかであり、体感気温も汐首岬以東、函館などより1、2℃は高いといわれている。この時季波の静かな古武井湾はむかしから漁船の避難海域となってきた。
 渡島半島南部を概観すれば、北西の季節風に対して、亀田半島と松前半島をほぼ南西に縦断する山系がこれを阻止しているので、松前半島側がこの季節風をまともに受ける裏日本型に対し、亀田半島側は表日本型の天候を示し雪日数・積雪量も少なく、12月に入ってからも積雪が溶け年によっては1月に入ってからも地面が現れていることがある。
 冬期間における最深積雪は、2月に多くみられ約30〜40センチメートルである。
 最低気温は1月から2月にかけてみられるが、恵山岬灯台における過去66年間(1926〜1991年)の観測資料によると、月平均氷点下13.4℃(1961年1月−13.4℃、1969年2月−13.4℃)が最低記録であり、氷点下15℃以下の記録はみられない。冬期間で日最高気温が0℃以下の日、いわゆる「真冬日」は平均して40日前後であり、北海道では江差・松前地方に次いで真冬日の少ない地方になっている。因みに、北海道の内陸における真冬日は、札幌50日、帯広60日、旭川80日前後となっている。
 冬の恵山海域の漁業で、江戸時代から盛んであったのが鱈漁(たらりょう)である。内臓を壺抜き(腹を割かずに内臓を取り出す)し塩を詰め込んだ鱈の加工品は「新鱈(しんだら)」と呼ばれ、江戸では正月に欠くことのできない縁起物として珍重された。北前船(きたまえぶね)でやってきた商人たちはこの「新鱈」を買い付け江戸に送った。この新鱈を5年間浜ごと買い付ける契約書(いわゆる青田売買)が現在(いま)に残る。漁師たちは競って冬の海に出漁した。そして、命を失ったものも数知れない。そんな伝説が今に語り継がれている。また、当時の鱈漁が過酷であったことを物語る「鱈釣(たらつ)り口説節(くどきぶし)」も現存する。鱈漁は確かに危険を伴うものであった。しかし、記録に残るほど鱈漁が盛んであったということは、恵山沖が鱈の生息海域であると同時に、冬の気象が比較的に穏やかであったことにほかならない。
 最近になって、冬のイベントとして海峡の珍魚・冬の味覚ゴッコ(布袋魚(ホテイウオ)。カサゴ目、ダンゴウオ科)にちなんだ「ゴッコまつり」が知られるようになった。地元や函館をはじめ近在からやってきた人々は、熱いゴッコ汁をすすりながら、ゴッコをテーマとした各種催し物や、立ち並ぶ魚介類の青空市を巡り、恵山の穏やかな冬の一日を楽しく過ごすのである(写真2.3参照)。

写真2.3 冬の味覚“ゴッコ”