函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 銭亀沢編

第四章 生活と民俗の地域的展開

[附録・あとがき]

第拾五章 銭亀澤村

第五節 教化

日持山妙應寺 日蓮宗 大字石崎村ニアリ。
由緒=人皇九十一代後伏見天皇ノ永仁三年ノ創立ニシテ開山ハ本化沙門六老僧ノ一人日持上人也。
上人ハ永仁三年本国ヲ発シ奥羽地方ヲ巡化シ、仝年六月津軽石崎浜ヨリ漁夫甚平ナルモノヲ船頭トシうすけし島(今ノ函館)ニ着シ、ソレヨリ船ヲ今ノ銭亀澤村字湊ニ寄セ上陸シ、留錫五年、正安元年六月一日当地発錫海外ニ航セリト云フ。発スルニ臨ミ自作宗祖像及十二体佛像及一石一字宛経文ヲ刻シタル経石トヲ埋メ、後生ノ二字ヲ書シタル大石ヲ其上ニ据ヱ置キタリ。
其後百五十七年ヲ経テ 後花園天皇ノ康正二年ニ至リ志苔館主小林
太郎左衛門良景之ヲ発見シ、宗祖像一體ハ志苔館中ニ安置シ、拾二体ノ佛像ハ土地住民ノ請ニ應ジ此地ニ一宇ヲ建立安置シ後生庵ト稱ス。其後蝦夷ノ乱ニヨリ廃絶シ、十二体佛像再ビ土中ニ埋没セシガ、約二百八十年ヲ経テ、寛保二年福山法花寺住職日貞ナルモノ当地ニ来リ、木佛及経石数個ヲ發掘信徒ト謀リ、再ビ一寺建立シ又碑石ヲ建テ寺名ヲ経石庵ト稱ス。爾後明治十二年寺號公称日持山妙應寺ト改稱ス。毎年旧暦六月一日日持発錫ノ当日ヲ以テ報恩会式ヲ行フ。信者遠近ヨリ来リ拝スルモノ頗ル多シ。
因ニ曰ク。前述ノ日持彫刻ノ木像及経石ノ現存セルモノ、木佛七体(完全ナルモノ三体)経石大小四箇ナリ。
 
△観意寺 真宗大谷派  大字石崎村ニアリ。
由緒 明治丗年七月寺號公稱認可、仝丗三年本堂建立ス。
 
△善寳寺 曹洞宗 所在地仝前。
由緒 明治廿九年六月寺號公稱。仝丗年二月本堂建立ス。
 
△求道庵 浄土宗 所在地仝前。
由緒 明暦二丙申年、僧、求道開基明治廿五年本堂再々建ス。
 
△念稱庵 浄土宗 銭亀沢村字本村ニアリ。
由緒 明和二乙酉年亀田郡湯川村ヨリ移轉。大正七年六月寺號公稱認可セラル。