函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 銭亀沢編

第三章 産業と社会そして人・地域

第一節 銭亀沢の漁業・漁村構造の変容過程

三 漁業組合の変遷

 明治三十四年、日本漁業の基本法となる漁業法が制定され、初めて漁業を営むためには、漁業権が必要なことが法律で定められた。この漁業法の中で、漁業組合は、漁業権の享有主体としての地位が明確にされたが、同時に、従来の漁業組合がもっていた「営業ノ弊害ヲ矯正シテ利益ヲ増進スル」ための共同事業は、新たにつくられる水産組合に委ねられることになった。
 この結果、従来の漁業組合は新制度の下に改編され、漁業法では、「従来行政官庁ノ認可ヲ得テ設置シタル漁業組合」で、法の規定に抵触しない漁業組合は、水産組合として存続することが認められた(法第三五条)。
 水産組合は、法人格を持つ団体で、漁業者以外に水産物の製造、販売業者も組合員となり、有資格者の加入が義務付けられた。また、組合の事業としては、漁場管理以外の漁業に関する事業(漁業の技術改良、資源の繁殖保護など)のほかに、水産製品の改良、共同販売などの水産業一般の事業が加えられた(法第二二条)。
 こうして従来の漁業組合は、新組織へ移行することになり、道内に存在した一一〇の漁業組合は、七〇の水産組合に整理統合された(昭和五年『水産団体要覧』)。
 大正三年四月に、農商務省水産局が発表した「水産組合一覧」には、この地域に関係する水産組合として、亀田郡水産組合が挙げられているが、これは、以上のような経過で設立された水産組合ということになろう。
 「水産組合一覧」に記載されている亀田郡水産組合の内容を、表3・1・14で紹介しておく。
 この水産組合は、大正十(一九二一)年制定の水産会法により、組合の事業を水産会に引き継ぐことになった。道内各地の水産組合のうち、特定業種(機船漁業、鮭鱒養殖、海産物製造、北千島水産、陸上缶詰業など)の組合は残存したが、郡、町村などの区域を単位とした水産組合は解散し、新たに水産会法に基づく水産会が設立された。
 この地域では、昭和四年三月に亀田郡水産会が設立されている。同水産会の地区は、亀田村と七飯村を除く亀田郡一円、事務所は亀田郡銭亀沢村大字根崎村字寒坂九番地におかれた(昭和八年『北海道水産年鑑』)。

表3・1・14 亀田郡水産組合の内容