函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第13章 社会・文化諸相の光と影

第5節 日露戦争と函館

2 戦時下の市民生活

 さて、2月10日のロシアに対する宣戦布告と共に、前述のような防禦海面令や戒厳令の施行など、函館区民の間にも次第に緊張感が高まり、2月11日には、臨時混成隊編成のために区内の在郷軍人に集合命令が出され、区民にも日露戦争が身近なものとして実感されるようになってきた。しかし、そのことを決定的なものとしたのは、2月11日に青森県深浦沖で発生したロシアのウラジオ艦隊による日本商船奈(名)古浦丸撃沈事件である。
 この事件を報じた2月13日付の「函館新聞」をみると、「○昨日我奈古浦丸を撃沈せしめたる露艦三艘は我水雷の為に大湊附近に於て撃沈せられたりとの電報只今確かなる筋に達せり 万歳、○青函間航通遮断、○露艦は決して函館を砲撃し得す、○恐るべきは露艦にあらすして糧食の欠乏なり、○要塞軍の態度、○江差砲撃は嘘報、○在郷軍人の○○(召集カ)」といった見出しで埋められているが、その中に次のような注目すべき記事がある。
 
   ○退去者の愚
昨夜来近在へ退去するもの夥しきものあるが、彼等は金城鉄壁の砲台を有する最も安全なる函館を危険なりとして、却つて何等の防備だもなき危険多き地に移るものにして、愚も亦甚しきの至りと謂はざるべからず。

 
 この事件について、前掲の「日誌」は次のように記している。
 
(二月)十二日 午後当港ヲ出帆スヘキ各航路定期船ハ出帆ヲ差止メラレタリ。之レカ為メ種々ナル訛伝風説ヲ起シ、人心稍動揺ノ兆ヲ呈セリ。同日午後十二時、本職ハ其局ヨリノ通牒ヲ領シ、仮令砲火相交ユルカ如キコトアルモ市街ハ安全ナルヲ以テ、宜シク安堵生協ニ努ムヘキ旨ヲ区内各町組合ヲして各戸ニ伝達セシメタリ。然ルニ区民ハ、前日来ノ訛伝流説ニ迷ヒ中ニハ婦女老幼ヲシテ近郷ニ立退カシムルモノアルニ至レリ。

 
 翌2月13日になっても、「前日来人心尚未タ安静ナラス、依テ更ニ区民ニ対シ注意ヲ与ヘ」たというが、このロシア艦の襲来が、函館区民にいかに大きなショックを与えたかが理解されよう。