函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第13章 社会・文化諸相の光と影

第2節 マス・メディアと活字文化

3 書籍の刊行


『巴珍報』と『可愛良集』

 
 『巴珍報』の廃刊が決定した時期に同じような体裁、内容の雑誌として『可愛良集(かわいらしゅう)』が発刊されていた。この雑誌は、明治16年5月5日に出版届けが出されており、5月7日に出版され定価は1冊6銭であった。発売元は抱月亭(だきつきてい)と称し、「函館新聞」売捌所であった末広町の愛新軒内がその所在地であった。抱月亭の「亭主」はゆかりや色香(杉浦嘉七)、「番頭」が我もの傘雪(岡野敬胤)、「居候」がくさのや酔庵(平福穂庵)の3人になっている。この3人とも『巴珍報』の創刊以来のメンバーであり、『可愛良集』も杉浦と岡野が執筆し、平福が挿画を描いていた。また、一般投書家の都々逸などを精選し、その他各種の洒落、滑稽、人情話を載せて毎月1回発行の予定であった。
 しかし、同年5月12日の「函館新聞」に『可愛良集』の出版を知らせる記事と広告が出ているものの、それは『巴珍報』の廃刊と『巴冊子』の創刊についての記事(同年5月24日「函新」)より以前であることから推察すると、『巴冊子』が名称を変えて『可愛良集』となったわけでもない。また、『可愛良集』の初編と『巴珍報』の第15号(最終刊)と並列して愛新軒が広告を出しているので、同じメンバーによる似かよった形態の雑誌が同時期に出版されていたとするのが妥当と思われる。あるいは、前述の発行保証金供託不能が原因で、『巴珍報』と『可愛良集』は共に廃刊となり、その一方では、『巴冊子』の出版も実現できなかったのかもしれない。
 現在、『可愛良集』の初編1冊が市立函館図書館に所蔵されているのみで、当時の「函館新聞」によっても、この雑誌のその後の動向を追うことはできないのである。