函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第13章 社会・文化諸相の光と影

第2節 マス・メディアと活字文化

2 明治2、30年代の函館の新聞事情

 函館商業新報は34年3月25日「蝦夷日報」と改題した。蝦夷日報は6段組6面で、定価は1部1銭5厘、月極め25銭の日刊紙(日曜休刊)である。発行所は蝦夷日報社(大黒町55)、発行兼印刷人川上嘉吉、編集人は岩淵吉太郎。紙面構成は、1面は主に中央の雑報と小説、2面は「函館だより」と題した論説的な記事と雑報、3面は連載小説・三面記事・投書、4面は函館の物価・出帆広告、5面商業広告・商報、6面講談の連載と広告で、物価や商業広告・商報に紙面を多くさいてる。同年7月紙面を4面と縮小し無休刊紙となった。編集陣営などは不詳だが、責任者の川上嘉吉のほか主筆にはもと北海の記者をしていた青木清治郎(青葉山人)があたっていたらしい。