函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第13章 社会・文化諸相の光と影

第1節 公娼制度と函館の遊里

3 蓬莱町・台町遊里の女性たち

 9年8月に布達された「函館貸座敷芸娼妓営業規則」の総則第1条に「貸座敷芸娼妓三営業ノ者ハ蓬莱町台町ニ於テ取締人ヲ設ケ、正副戸長ニ於テ総括可致事」とある。これに基づき函館支庁は蓬莱町の取締人に町用係の杉山清助・平田儀平を台町には同係の枚田要蔵を任用した。同規則による取締人の主なる仕事は、(1)営業出願者への連署、(2)三業の名簿の制作と管理、(3)貸座敷と娼妓間の約定書の査閲、(4)違犯者への処置、(5)娼妓からの訴えの取りまとめ、(6)三業の等級の決定、(7)税金の徴収・督促などである。これらのうち等級の決定に関しては15年6月の「賦金規則」によって同業中より公選した3名以上の公評人によって貸座敷の等級が、また娼妓の等級は娼妓本人と貸座敷主との協議によってそれぞれ決定されることとなり、取締人は調査の結果を区役所へ届けることと変更された。13年町会所が廃され一時区役所で行われた取締事務を、14年1月から女紅場で行うことになり、三業取締人には女紅場取締人の興村忠兵衛が、副取締には女紅場会計の柳増蔵がそれぞれ就任した。
 15年、娼妓の廃娼願いの問題に関連して、取締人の契約書への査閲・認印の権限範囲が問題となり、函館県は取締人の認印は契約時についてのみの権限であると結論を出した(前掲「区役所伺届」)。そのためその後規則を悪用し、「正業ニ転スル」ことを口実に娼妓を廃業・鞍替えさせてその利を貪る者が続出、困った区役所は前述のように16年7月規則を改正し、三業の取り締まりを警察へ一任した(同前)。この規則改正の際三業取締は二業(貸座敷・娼妓)取締と改称され、その事務内容は新規営業者の取りまとめや公評人により区別された二業の等級付けの適正検査、賦金の徴収および区役所への納付となった。
 道庁時代に入ってまもない20年5月女紅場が廃止となり、同場の取締と二業取締を兼務していた興村忠兵衛は、蓬莱町の二業取締へ、富田五三郎は台町の二業取締へとそれぞれ改められた。さらに翌21年3月道庁布達の「貸座敷娼妓取締規則」では「貸座敷主丁年以上ノ男子ニシテ、業体ニ関スル諸則ヲ解読シ、略ホ筆算ニ通スル者ニ限ルヘシ」と規定、従来二業と直接関係のない人々が担当していたこの取締を同業者中から選出することになった。取締人の任期は2年で、取り扱う事項は警察署が決定、管轄することになり、翌4月布達された「取締服務心得標準」には取締人の事務内容として(1)貸座敷娼妓の願届書などへの加印、(2)検黴(ばい)に関する諸務への従事、(3)貸座敷・娼妓の名簿調整、(4)賦金の未納調査・督促・申告、(5)反則の取り調べ・規則類の周知、などが明記された。早速二業取締人の選挙が行われ、蓬莱町は取締人古坂栄吉・副取締人宮川常次郎、台町は取締人伊藤清・副取締人小野亀治が5月からそれぞれの任にあたった(明治21年5月2日付「函新」)。
 27年改正の「貸座敷娼妓取締規則」では、取締人の任期が3年となったほか、事務内容は貸座敷娼妓業務上の願届書への加印、貸座敷娼妓一般の監督、検黴の事務とより簡素化された。