函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第12章 医療機関の設置と衛生

第2節 医学校と市中の医療関係者

1 医師の養成

 その後明治17年に病院自体も県の所轄となったが、その頃に医学所は「函館病院付属医学講習所」と改称されて、各種学校の部に編入され(明治17年『函館県学事第三年報』)、翌年11月に医学講習所規則が制定された。この講習所の概要は、『函館県学事第四年報』によれば、「尋常医学ヲ教授」し、「県内医師ノ欠乏ヲ補フ」ため設置されたもので、「教員ハ凡テ函館病院医師」が当たった。就学期間は3年で、18年の現在生徒は18名だが、「学業進歩ノ状況ハ設置日浅ク著ク申報スベキモノナシ」という状況であった。19年に北海道庁の設置があったので県立から庁立になった。そうしたところが、翌20年9月の勅令により、府県立医学校の費用は21年度以降、地方税により支弁することが禁じられてしまい、それで講習所も廃止の憂き目をみるのである。正式には、24年3月25日の告示第5号「函館病院付属医学講習所ハ本年三月三十一日限リ廃止ス」による。このような政府の方針は、「不完全なる府県立の医学校を廃し、完備せる官立医学校を以てこれに代へ、各府県には更に一層普通教育の普及に力を尽さしめるため」(『学制五十年史』)という。が前述の通り、財政的な事情を見逃すこともできない。函館における医学教育施設はこの時以来、再興されることがなかった。ちなみに、官立の医学校はというとわずかに千葉、仙台、岡山、金沢、長崎の国立の高等中学校の医学部で、北海道には医師の養成機関がない時期が続くのである。