函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第10章 学校教育の発生と展開

第2節 近代学校教育確立への摸索

3 もう一つの学校教育“慈善教育”

 鶴岡小学校の運営は有志の結社によって行なわれた。10年12月から13年11月の第1結社期に醵金を約束した結社人は、安浪次郎吉・木下忠右衛門・白鳥宇兵衛・奥村忠兵衛・平田文右衛門・今井市右衛門・渡辺熊四郎・白鳥衡平・浜時蔵の9名だった。第1期満期後この結社は一旦解社、新たに14年3月渡辺熊四郎ほか26名連名で第2期の鶴岡小学校設立届が提出され、第2期(14年1月~16年12月)が結社された(明治14年「学校設立願」道文蔵)。この第2期の結社人の中には元イギリス領事のユースデンの名もみえる。第2期の末には、区民の義援のもとに、破損のひどい校舎を増改築し、17年2月23日移転式が行なわれた。この17年から第3期(17年1月~19年12月)の結社となる。第3期の「結社申合条款」に基づき結社人から渡辺熊四郎・平田文右衛門・今井市右衛門を総代人に選出、学校に関する一切の管理が委託された。17年の宮内庁からの下賜金を含め、19年末の同校の剰余金は1700円前後となり、旧開拓使より下付された土地からの収入で学校維持の目的が立ったため、同結社はこの第3期の終了をもって年々の醵金を終結した。以後同校の維持は主に積金利子、旧開拓使下付付属地収入金、有志者寄付、協議費補助の4収入でまかなわれることとなった。