函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第10章 学校教育の発生と展開

第1節 近代学校教育のはじまり

2 「学制」の公布と小学校の開校


初めての小学校・会所学校の子どもたち

 
 8年3月20日、会所学校の開校が布達され、翌4月4日には、100名の児童を収容して函館で初めての小学校が開校した。これは北海道における小学校の嚆矢でもあった。開校当時の教員は、12等出仕城谷成器・15等出仕中里方精・等外1等出仕坂本重勝・等外2等出仕吉田元利・等外3等出仕高橋精一の5名で、ともに元富岡学校の教員だった(明治8年「函館支庁日誌」道文蔵)。
 文部省の学則・教則に基づいて決められた会所学校の「校則」は次のとおりである。
 
「校則」
一当校ハ六歳以上十三歳以下ノ男女児ヲ入校セシメ人民日用ノ事ヲ教フル所ナリ、入校ノ生徒能其意ヲ体シ己ヲ虚シ教ヲ受ケ居、常親睦ヲ旨トシ礼義ヲ厚シ都テ教師ノ指揮ニ従ヒ誹議争論致サヽルハ勿論、文学問答等言語詳審礼義ヲ失フコトアル可ラサル事
一入学ノ者年齢六歳以上十三歳以下ヲ限ル事
一入学出願日ハ・・・月々二ノ日就学ハ其翌日ト相定
一入学出願ノ者ハ左ノ雛形(略)ノ通名札二葉ヲ製シ、町会所ニ相詰居候学区取締ヘ可差出事
一授業料ハ当分ノ内一人ニ付金十二銭五厘宛、月々二十日ヨリ二十五日マテニ事務係ヘ可相納事、但シ月末入学ノ者ト雖其月分全額ヲ可相納事
一家三人已上ノ子弟ヲ入学セシムルモノハ三人目ヨリ已上授業料上納ニ不及候事
一生徒ハ都テ通学ノ事
一疾病或ハ事故アリテ不参二ヶ月ニ及フ者ハ除名ス可キ事、但シ除名後再入校願出候者事実取糺シ差許事アルヘシ
一入学ノ生徒上下二等ノ学課卒業迄退校不差許事、但シ不得止事故アル者ハ此限ニアラス
一休業定日
 新年宴会一月五日札幌神社祭六月一日
 孝明天皇御祭日一月三十日神嘗祭九月十七日
 紀元節二月十一日天長節十一月三日
 神武天皇祭四月三日新嘗祭十一月二十三日
 毎月一、六ノ日
 大暑中三十日  日限未定
 十二月二十五日ヨリ一月五日マテ
(明治八年「部下布達達録」道文蔵・『布類』)

 
 表10-4  会所学校下等・上等小学科日課表
下   等
上   等
9:00~10:00
復 読
9:00~9:30
輪 講
10:00~10:05
体 操
9:30~11:00
読 物
10:05~11:00
読 物
11:00~11:10
体 操
11:00~11:05
体 操
11:10~11:20
暗 記
11:05~12:00

書 取
問 答
11:20~12:00

作 文

12:00~1:00
12:00~1:00
1:00~2:00
算 術
1:00~2:00
算 術
2:00~2:05
体 操
2:00~2:10
体 操
2:05~3:00
習 字
2:10~3:00
習 字

 会所学校「教則」『部下布達達録』より作成
 下等小学科は書取と問答が1日置きとなる
 上下等ともこれを2・7、3・8、4・9、5・10の日の組み合わせで行なう(1・6の日は休日)
 
 入学年齢に関しては3月29日に14、5歳まで認める旨布達されている。
 「教則」によると、小学校課程は上下2等に分かれ、下等小学は6歳より9歳まで在学4年、下等小学卒業後上等小学へ進み、上等小学は10歳より13歳までで在学4年、計8か年の就学である。ただし下等終了の者は年齢に関係無く上等に進むことも認められており、能力主義となっていた。さらに上下各等は8級に分けられ、毎級6か月を修業期間とし、試験を経て昇級した。各級の日課表は表10-4のとおりである。
 会所学校は開拓使費によって開設した開拓使立=官立の小学校である。「学制」では受益者負担を建て前としている以上、官立学校の付属小学校以外で官立という会所学校は異例のことであった。これについて函館支庁は、「追々人民ノ進歩ニ従ヒ」各所に「民費募金等ヲ以仕賄、成丈ケ官費ヲ不仰様」な「民立学校」を広げるまでのモデルとしたいと考えていた(「開公」5821)ようで、授業料を徴収しながら官立小学校という形をとった。なお開拓使は「官立ハ官ノ都合ニ依リ生徒教育ノ上卒業ノ者ハ夫々御採用相成候事ニテ、公立ハ人民ノ知識開明ノ為メ官民協議ヲ以設立シ多ク民費ヲ課出シ、私立ハ従前手習師或義学等ヲ以開業ノ者学務課ノ所轄ヲ受サセ小学教則ニ拠リ児小等ヲ教導為致候事」(同前)と自ら区別している。