函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第9章 産業基盤の整備と漁業基地の確立

第2節 諸工業の発展

2 その他の諸工業の動向

食品工業

 明治30年5月に、地蔵町の佐々木定吉が罐詰製造をはじめたが、その製造額は34年で1166円であった。ところが日露戦争の勃発による陸軍糧抹敞納入品生産のために、37年に2工場が新設されることになる。種田徳之丞と水嶋燐太(日本漁猟株式会社)の工場である。水嶋は27年、エトロフ島で罐詰製造の経験があったが、仲町の元木工場と精米所の建物、機械(20馬力1基)を利用し、男子職工31人と女子日雇を使用して、鮪、鰤の罐詰を生産した。種田は真砂町で生産合資会社の建物、機械(9馬力1基)を借受けて、男子職工11人、女子数十人を使用して、昆布と身欠鰊の罐詰を製造した。両者の製造額は37年が約9万円、38年が12万8000円で、それまで北海道で首位を占めていた根室国の製造額を上回った。しかし、軍需品としての一時的な需要であり、平和克服後は、工場の縮小あるいは休業が予期されるものであった。もっとも、水嶋は戦地で中国人が罐詰を食用とすることが、将来の需要開拓につながると考えて着業したようである。
 食品工業の各業種の工場数と製造価額の推移を表9-29で示した。
 
 表9-29 食品工業の推移
年次
清酒
醤油
味噌
精米
晒餡
馬鈴薯
澱粉
缶詰
明治29

30

31

32

33

34

35

36

37

38





32,891

37,175

1,484

16,277
7
36,120
5
24,460
5
16,266
9
48,800








17
165,344
14
183,757
14
177,500
11
180,700
11
192,805
11
194,046








8
115,440
13
121,212
13
61,489
12
73,520
10
92,093
7
42,754


















5
62,541


















8
17,990
2
2,844
4
9,070
3
5,942
1
6,000
2
6,890
1
9,000
3
6,000
2
6,600
1
5,182
1
6,426




35
9,333


57
18,937
24
13,433
36
27,499
57
46,552
58
32,270
52
18,918










1
1,166



292
2
89,109
2
128,055

 『北海道庁統計書』ならびに『北海道庁勧業年報』より作成.亀田村を含む
 上段は工場数、下段は製造価額(円)、麦酒は1工場のみであるから表9-28を参照