函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第7章 近代海運の発達と北方の拠点港

第4節 汽船主導の海運界

1 日本郵船による海運網の拡充

 明治11年に三菱会社が道内航路を開航したことで西海岸の商権を函館が大きく掌握するようになったことは前に述べたが、明治後期に入ると日本郵船の定期航路が小樽まで延長されてその商権が小樽に移る契機を与えるということがおきた。商権の問題は航路の問題のみでは説明しきれないが、大きな要因となったことは間違いない。その第1点は19年からの日本海沿岸を経由する神戸・小樽線の開設。この便は三菱時代はなかったものであり、この直航便は小樽に本州との直接の取引をもたらす一因となり、さらに小樽周辺の集散を可能としていった。第2点は横浜経由の函館・神戸線の小樽までの延長であった。
 25年1月から日本郵船は函館・神戸線(横浜経由)の定期航路を小樽まで延長することを決定した。この決定に対して函館全体が大きく動揺した。というのも当時の海運状況をみると道内の内陸部はもちろんのこと道内の東西両沿岸部の貨物は一度は、航路の関係で函館に集荷され、函館から本州各地への連絡便に積み替えられて出荷されていたのであった。函館が対本州および道内への集散地、中継港としての機能を持ちえたのは、こうした海運状況に大きく規定されていた。ところが郵船の措置はそうした函館の特性自体を奪いかねないものであり、当然その措置を巡り大きく揺れ動くことになった。以下函館の対応と、その結果を見ておこう。
 24年12月21日に郵船の函館支店に神戸・函館便を小樽まで延長するという通知があり、これを受けた地元紙2紙は翌22日にそのことを報道した。そして「函館新聞」は航路延長のことは突然の決定ではなく従来から小樽港の商人が直航便を開くように再三要請していたと報じた。それは小樽から東京へ輸送する場合でも直航便がなく、まず小樽・函館線で函館に輸送し、陸揚げしてから東京便に積み替えしなければならず、また東京からの貨物も函館で荷揚げ、そして小樽便へと積み替えるといったことから二重の費用と手数がかかり、さらにこうした積み替えにともなう荷物の損傷も無視できないという理由によるものであった。
 神戸・函館線は実質的には函館・横浜線を含んだ航路であり、函館の経済界にとり基幹航路であった。函館を起終点をとする郵船の各航路は、それ自体で函館を貨物の集散地ならしめていた。小樽が最終起点となれば、ある部分ではそうした機能は喪失されることを意味する。航路延長の具体的な内容としては、週3便、月に12、3便であったものを小樽まで延長することで函館からの便が減少するというものであった。「函館新聞」は12月23日以降3回にわたり「航路延長せり神樽間」と題した社説で従来のこの航路が函館に果たしてきた機能、経済的効果、また今後の影響などあらゆる点から取り上げている。「函館か受くる所の影響如何、是れ何人も直に研究せんと欲するの問題なるべし…」と極めて冷静な報道姿勢ではあるが、地域経済にとって大きな変動要因を与えるものであるから、充分調査、研究するように主張している。
 社説をみると当時の状況が良く分かるのでその要旨を述べてみる。まず前段で東北鉄道の開業や炭礦鉄道の室蘭延長、あるいは釧路が特別輸出港として開港されるなどの動きが20年代に入り次々と続き、函館を取り巻く状況は大きく変わってきているが、幸いそれらは函館の位置自体を云々するほどの影響を持ってはいないと述べ、次いで今回の延長措置は航路延長といった事態にとどまらず、北海道の集散地として両都市の商権が二分する可能性が高くなり、東海岸部と西海岸部での収額高を比較すると前者は30パーセントで、後者は70パーセントを占めている。現状では小樽以北は同港の隆盛によりすでに小樽の商権下にあるとはいえ小樽以南は函館の商権下にある。こうしたことも航路延長で小樽が西海岸部の大半を占めるようになるであろう。また小樽の往復で函館に寄港するにしても、売買行為が伴わない、いわば集散機能を失うとすれば、それは函館を単なる寄港地としかねない。そしてこれまで北海道で占めていた函館の機能が小樽へと移るとすれば、その商業上の影響は計かりしれないとして、これまでの函館の集散機能が縮小することになると強調している。論者はさらに西海岸全域の商権を喪失するとすれば、その商業圏は北海道の東海岸と対岸の青森県であり、そこで航路の延長が実施されたら、という前提に立って、小樽始発の船便が満船で函館に到着すれば函館からの出荷ができず、貨物停滞という事態も招くことになる。従って航路を延長するにしても、輸送手段を確保するために郵船は特別船を配置すべきであると主張し、最後にこうした海運の環境変化に対して港湾改良、船渠建設、鉄道網の確立といった問題へも目を向けるべきであると結んでいる。