函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第6章 内外貿易港としての成長と展開

第5節 商業機関の整備と米穀塩海産物取引所の成立

1 商業機関の整備

 次に、(2)に関わるものとしては、まず明治22年8月に、二木函館区長より農商務省通信事務の内、函館港輸出入貨物及び船舶出入統計調査事務を委託され、毎年1年分を翌年1月20日までに報告することとなった。これによって毎年、農商務通信報酬が同商工会に交付されるようになった。その金額は、明治23年-200円、同24年-150円、同25年-150円、同26年-200円となっており、表6-42における函館商工会の会費収入と対照する時、これが商工会の財源のかなりの部分を占めていたことが容易に想像されよう。なお、この通信報酬は、明治27年以降廃止されている。
 具体的な調査事例としては、函館地方の生産物現金売買の習慣に関する函館地方裁判所予審部からの調査依頼(明治24年10月)、函館港における明治21年以降5か年間の外国輸出重要品の増減状況とその理由に関する函館区役所からの調査依頼(同25年10月)、函館取引所設立に関連する諸調査(函館港の貨物集散状況、函館における貸出為替金及び貸出金高、函館港の将来と盛衰に関係する工事、函館港の倉庫調査)の函館区役所からの照会(同26年6月)、「金銀貨格変動ノ為メ函館港商人ノ蒙ムルヘキ影響」に関する函館税関からの調査依頼(同27年5月)、日清両国の朝鮮出兵に伴う「本道回航ノ船舶」減少が函館港に与える影響に関する函館区役所からの調査依頼(同年6月)、同じく函館区役所からの「朝鮮事件ノ商工業ニ及ホス影響調査」(同年7月)、同様に函館区役所からの「明治廿六年中函館港ニ於ケル昆布集散」状況の調査(同28年3月)などがある。