函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第6章 内外貿易港としての成長と展開

第2節 港湾商業都市としての成長

1 国内流通の伸長

 函館の移出品の特徴を、小樽と比較しつつ具体的商品別にみたのが表6-12と表6-13である。
 
 表6-12 明治21年管外移出品価額上位品目
                             (単位:千円)
順位
函館
小樽
全道
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
鰊締粕
塩鮭
昆布
鰛締粕
硫黄
干鮑
煎海鼠
鰊鯑
衣類及反物
魚類締粕
砂糖
棒鱈
石油
身欠鰊
塩鮭
352
235
201
191
114
97
86
82
57
43
34
29
27
20
19
鰊締粕
塩鮭
石炭
雑貨
身欠鰊
胴鰊
棒鱈
鰊鯑
魚類締粕
鰊笹目
魚油
鰊白子
塩鱈
干鮑
昆布
750
145
100
95
84
47
33
26
16
15
15
8
7
5
4
鰊締粕
胴鰊
塩鮭
身欠鰊
鰊鯑
昆布
鰛締粕
鰊笹目
鰊白子
干鮑
硫黄
石炭
雑貨
棒鱈
その他魚類締粕
3,260
719
670
435
235
231
191
145
140
126
114
114
109
98
97

 『北海道庁統計書』より作成
 
 表6-13 明治36年管外移出品価額上位品目
                             (単位:千円)
順位
函館
小樽
全道
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
鰊締粕
雑貨
昆布
塩鮭

硫黄
塩鱒
その他魚油類
大豆
その他穀類
マッチ軸木
小豆
その他生魚
大麻
その他塩魚
3,450
1,155
1,095
976
719
714
463
425
407
348
297
267
854
226
224
小豆
鰊締粕
菜種
石炭
身欠鰊
マッチ軸木
燕麦
西洋酒
木材類
雑貨
大豆
鰊鯑
呉服太物類
菜豆
胴鰊
2,148
1,713
988
964
569
473
429
416
400
393
369
366
337
297
297
鰊締粕
小豆
石炭
木材類
胴鰊
雑貨
塩鮭
身欠鰊
昆布
菜種
鰊鯑
マッチ軸木

大豆
硫黄
9,390
2,464
2,213
1,924
1,885
1,600
1,454
1,370
1,332
1,314
1,052
982
867
829
787

 『北海道庁統計書』より作成
 
 明治21年には、さきにみたように函館、小樽とも水産物が移出品の中心になっており、函館がその移出の82.3パーセント、144万円余、小樽がその移出の85.5パーセント、116万円余を水産物が占めていた。移出品価額上位品目15品目の第1位は、ともに鰊締粕であるが、小樽が函館の2.1倍の75万円を移出していた。小樽の場合は、第5位身欠鰊8万円余、第6位胴鰊4万円余、第8位鰊鯑2万円余、第10位鰊笹目1万円余、第12位鰊白子8000円余とならび、鰊製品中心の海産物移出港であったことを示している。鰊製品についでは、第2位の塩鮭14万円余のほか、第7位棒鱈3万円余、第13位塩鱈7000円とみえている鱈製品が目につく程度であり、下位の14、5位に干鮑昆布が顔をだしている。
 これに対して同じく水産物移出港であっても、函館の場合は多様である。鰊製品については、すでにみたように鰊締粕移出で小樽にはるかに及ばなかったほか、第8位に鰊鯑6万円余、第14位に身欠鰊2万円余をみるにすぎない。一方、第2位の塩鮭は、小樽の移出の1.6倍、23万円余である。関西方面に多量に仕向けられるほか、清国にも輸出される昆布が20万円余で第3位を占め、長崎俵物以来の伝統をもち、主として清国輸出を目的としたとみられる干鮑煎海鼠、それぞれ第6位9万円余、第7位8万円余と上位を占めていた。鰮締粕の移出も19万円余と多く、第4位を占め、下位には棒鱈、塩鱈の鱈製品もみられる。鰮締粕移出の対全道比が100パーセントであったほか、昆布干鮑煎海鼠が、それぞれ87.0パーセント、77.0パーセント、91.5パーセントで、ほとんどが函館に集散したのである。
 明治36年になると、すでにみたように函館移出水産物の対全道比は39.6パーセントに上昇し、水産物集散地としての地位を確立しつつあった。この年の函館の管外移出水産物額は927万円余で、小樽の525万円余の1.8倍に達していた。第1位鰊締粕、第3位昆布類、第4位塩鮭、第5位鯣、第7位塩鱒と水産物が上位にならんでいる。明治21年には小樽にはるかに及ばなかった第1位の鰊締粕は、移出価額345万円余で、小樽の171万円余の2.0倍とはるかにこれを凌駕し、対全道比も36.7パーセントに及んでいる。昆布類、塩鮭、鯣の対全道比は、それぞれ82.2パーセント、67.1パーセント、82.9パーセントと高い占有率を示している、東海岸の生産にかかわる昆布類を独占的に支配しつづけていたこと、函館を基地とする漁業貿易、すなわち露領沿岸への出漁が盛んになり、鰊締粕や塩鮭鱒が函館を中継したこと、新興の鯣生産が発達したことなどが、海産物移出港としての函館の地位を確立するのに役立ったのである。
 明治36年の小樽の場合は、第2位に鰊締粕、第五5位に身欠鰊、第12位に鰊鯑、第15位に胴鰊がみえ、鰊製品移出港としての面目を保ってはいるが、対全道比は、鰊締粕が18.2パーセント、身欠鰊41.5パーセント、鰊鯑が34.8パーセント、胴鰊が15.8パーセントで、身欠鰊、鰊鯑などの食用鰊製品が高い占有率を示し、鰊締粕、胴鰊など魚肥の占有率は低い。
 水産物以外をみると、明治21年では函館の硫黄の第5位11万円余、小樽の石炭の第3位10万円余が目につく程度である。函館の第9位と第13位を占めている衣類及反物と石油は、府県からの移入品を、対岸、青森方面に再移出したものであろう。
 明治36年の函館では、硫黄が第6位で、71万円余、対全道比90.7パーセントと高い占有率を保持していたほか、第9位の大豆、第12位の小豆、第14位の大麻、あるいは第11位のマッチ軸木など内陸部開拓を示す農産物や低位の林産加工品がみられる。しかし、大豆の対全道比が49.1パーセントを示しているだけで、マッチ軸木が30.2パーセントであり、小豆はわずかに10.8パーセントにすぎない。
 明治36年の小樽の場合は、第1位の小豆をはじめ、第3位菜種、第7位燕麦、第11位大豆、第14位菜豆と、多数の農産物が上位品目に登場した。対全道比は、小豆が87.2パーセント、菜種が75.2パーセント、燕麦が98.8パーセント、大豆が44.5パーセント、菜豆が95.2パーセントで、大豆を除いて高い占有率を示し、内陸部開拓の成果を着実に吸収し、農産物市場としての地位を確立しつつあったことを示している。そのほか、開拓の進展を示すマッチ軸木と木材類が第6位と第9位にみえ、第8位に西洋酒が登場しているのが目につく。第4位の石炭の対全道比は、43.6パーセントで、石狩炭田と室蘭港が鉄道で結ばれたことにより、石炭移出が小樽から室蘭に転移しつつあったのである。
 いずれにしろ、大正4年刊行の『産業調査報告書』第18巻の「函館海産物市場」が、「北海道ニ於ケル海陸物産ノ二大呑吐口ニシテ、兼テ本道拓殖ノ策源地ハ、是レヲ其発達ノ歴史ヨリ見ルモ、現在ノ状態ニヨルモ、陸産物市場トシテ小樽市場ヲ、海産物市場トシテ函館市場ヲ推スニ異論ナキモノト信ス」とし、あるいは、「抑々函館市場ノ一大特色ハ実ニ海産市場ナル点ニアリ。小樽市場カ主トシテ陸産ニ向テ活動シ投資セルニ反シ、当函館市場ハ主トシテ海産ニヨリテ活躍シ、本道水産業ノ消長、漁村ノ興亡ニ甚タ密接ナル関係ヲ有ス」としているように、北海道の2大港湾商業都市函館と小樽の発展の差異が、すなわち函館が海産物市場として、小樽が陸産物市場として明確になってくるのは、この明治2、30年代なのである。