函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

第6章 内外貿易港としての成長と展開

第2節 港湾商業都市としての成長

1 国内流通の伸長

 北海道の産業構造の変化が、その内国貿易にどのように反映しているかをみたのが、表6-8と表6-9である。表6-8によって産業別移出の構成をみると、明治19年に420万円余であった移出水産物は、明治43年には8.9倍の3276万円余に達しているが、この間に移出総額に占める割合は低下の一途をたどり、明治19年の84.0パーセントから明治43年には51.0パーセントに落ちこんでいる。他方、明治19年に1.6パーセント、8万円余にすぎなかった移出農産物は、日清戦争後、明治30年代にかけて急激に比重を増し、明治38年には830万円余、20.7パーセントに達し、明治43年も1511万円余で同じく20.7パーセントを占めている。また、明治38年の移出鉱産物395万円余、移出工産物390万円余の比率は、それぞれ9.8パーセント、9.7パーセントで、管外移出物品価額の1割を占めるにいたっており、明治43年も移出鉱産物が717万円余、移出工産物が674万円余で、それぞれ9.8パーセント、9.2パーセントを占めていた。明治38年前後には、移出品の産業別構成は、水産物が5割、農産物が2割、鉱産物、工産物がそれぞれ1割、林産物、畜産物、その他が1割という配分になっていたわけである。明治2、30年代における管外移出物品価額の産業別構成の変化は、移民の急増にともなう内陸部の農業開拓や炭鉱の開発がすすみ、工業の進展もみられたことによる北海道の産業構成の変化をストレートに反映しているとみることができる。
 
 表6-8 北海道管外移出物品価額産業別
年次
区分
水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
明治19価額(千円)
比率(%)
4,202
84.0
80
1.6
38
0.8
606
12.1
3
0.1
1
0.0
72
1.4
5,002
100.0
明治23価額(千円)
比率(%)
11,182
84.4
496
3.7
833
6.3
9
0.1
46
0.3
13
0.1
673
5.1
13,252
100.0
明治28価額(千円)
比率(%)
15,974
86.1
983
5.3
1,098
5.9
1
0.0
102
0.6
158
0.8
236
1.3
18,552
100.0
明治33価額(千円)
比率(%)
21,818
69.0
4,038
12.8
2,093
6.6
571
1.8
748
2.4
10
0.0
2,338
7.4
31,616
100.0
明治38価額(千円)
比率(%)
20,536
51.2
8,307
20.7
3,956
9.8
3,902
9.7
595
1.5
24
0.1
2,811
7.0
40,131
100.0
明治43価額(千円)
比率(%)
37,263
51.0
15,116
20.7
7,170
9.8
6,746
9.2
3,270
4.5
28
0.0
3,516
4.8
73,109
100.0

 『北海道史』付録より作成
 
 表6-9 北海道管外移入物品価額産業別
年次
区分
水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
明治19価額(千円)
比率(%)
273
4.8
2,367
42.1
79
1.4
2,306
41.0
60
1.1
8
0.1
533
9.5
5,626
100.0
明治23価額(千円)
比率(%)
88
0.5
7,818
48.1
649
4.0
5,579
34.3
115
0.7
105
0.6
1,912
11.8
16,266
100.0
明治28価額(千円)
比率(%)
603
2.8
9,351
43.9
501
2.4
8,329
39.1
228
1.1
108
0.5
2,178
10.2
21,298
100.0
明治33価額(千円)
比率(%)
2,780
6.3
13,572
30.8
1,471
3.4
19,183
43.6
346
0.8
102
0.2
6,573
14.9
44,027
100.0
明治38価額(千円)
比率(%)
1,106
2.5
16,968
38.2
920
2.1
20,786
46.8
37
0.1
104
0.2
4,506
10.1
44,427
100.0
明治43価額(千円)
比率(%)
10,005
13.9
21,177
29.3
1,295
1.8
32,200
44.6
265
0.4
153
0.2
7,062
9.8
72,157
100.0

 『北海道史』付録より作成
 
 他方、表6-9によって移入品の産業別構成の推移をみると、農産物と工産物を移入の大枠とする構成に移出品ほどの顕著な変化はみられない。移入農産物の中心は米であり、工産物には、衣料品、調味料、日用雑貨から漁場用品にいたるまで、雑多な品目が含まれている。明治43年に水産物が13.8パーセントの高い比率を示すのは、樺太領有にともない、樺太からの水産物が移入品に含まれるようになったからである。工産物も農産物の比率も、年による変動が激しく、景気の動向や価格の変動に左右されたのであろう。明治23年に48.1パーセントという高い比率を示して以降、減少にむかう農産物が自給率をわずかに示しているにすぎない。
 北海道の産業別構成の変化をストレートに反映する移出品と、ほとんど変化のみられない移入品とは、極めて対照的である。恐らくは、この時期に北海道が有機的自足的な経済構造をもたなかったことに由来する。そこで発達してくる産業は、どうしても道内消費よりも府県や海外市場を意識して特化しなければならなかった。
 次に、このような北海道の移出入の産業別構成の推移、特色が、北海道を二分する港湾商業都市となる函館と小樽に、どのように反映しているかをみたのが、表6-10と表6-11である。表6-10によって明治21年と明治36年の管外移出の構成を比較すると、函館の場合には、水産物の82.3パーセントから69.1パーセントへの減少と農産物の1.5パーセントから11.3パーセントへの増加が顕著な変化である。鉱、工産物をみると、鉱産物が8.8パーセントから5.4パーセント、工産物が67パーセントから5.2パーセントと比重をわずかながら低下させた。
 小樽の場合には、この間に水産物が85.5パーセントから40.2パーセントに減少して5割を割り、農産物0.1パーセントから36.6パーセントに急増し、水産物に匹敵するにいたっている。鉱、工産物は、鉱産物が両年とも7.4パーセントで変化なく、工産物が0.0パーセントが9.7パーセントに増加し、1割ちかくを占めるに至っている。
 明治21年の水産物の全道の移出品総額に占める割合は、92.6パーセント、移出品のほとんどが水産物であったといってよく、函館、小樽の移出額に占める水産物の比重が高いのは当然である。しかし、函館の水産物移出の対全道比は、21.8パーセント、144万円余、小樽のそれは17.5パーセント、116万円余、両者あわせても5割にみたない。この時期には、衰退期にあったとはいえ、日本型船、すなわち北前船による取引がいまださかんで、各地港湾から直接に他府県に水産物が移出されていたからであろう。明治36年の水産物の全道移出総額に占める割合は59.9パーセント、2343万円余、このうち函館から移出されたのは、39.6パーセント、927万円余で、その4割を占め、小樽からの移出は、22.4パーセント、525万円余であった。明治36年の農産物の全道移出総額に占める割合は、17.0パーセント、665万円余で、このうち函館からの移出が22.9パーセント、152万円余、小樽からの移出が実に71.9パーセント、478万円余である。
 
 表6-10 函館、小樽管外移出物品価額産業別
年次
区分
函館
小樽
全道
価額(千円)
比率(%)
価額(千円)
比率(%)
価額(千円)
比率(%)
明治21水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
1,444
27
154
117
7
0
5
1,754
82.3
1.5
8.8
6.7
0.4
0.0
0.3
100.0
1,162
2
100
0
0
0
95
1,359
85.5
0.1
7.4
0.0
0.0
0.0
7.0
100.0
6,639
43
254
117
8
0
109
7,170
92.6
0.6
3.6
1.6
0.1
0.0
1.5
100.0
明治36水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
9,277
1,522
723
704
52
5
1,154
13,437
69.1
11.3
5.4
5.2
0.4
0.0
8.6
100.0
5,254
4,786
965
1,265
407
0
394
13,071
40.2
36.6
7.4
9.7
3.1
0.0
3.0
100.0
23,434
6,652
3,054
2,422
1,934
11
1,600
39,107
59.9
17.0
7.8
6.2
5.0
0.0
4.1
100.0

 明治21年『北海道庁勧業年報』、明治36年『北海道庁統計書』より作成
 
 第6-11 函舘、小樽管外移入物品価額産業別
年次
区分
函館
小樽
全道
価額(千円)
比率(%)
価額(千円)
比率(%)
価額(千円)
比率(%)
明治21水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
63
936
285
3,025
95
52
56
4,512
1.4
20.8
6.3
67.0
2.1
1.2
1.2
100.0
7
481
26
281
1
0
425
1,221
0.6
39.4
2.1
23.0
0.1
0.0
34.8
100.0
104
2,346
332
4,052
137
55
746
7,772
1.3
30.2
4.3
52.1
1.8
0.7
9.6
100.0
明治36水産物
農産物
鉱産物
工産物
林産物
畜産物
その他
402
4,898
343
7,667
24
21
2,559
15,914
2.5
30.8
2.2
48.2
0.1
0.1
16.1
100.0
204
8,264
475
7,836
0
0
2,444
19,223
1.0
43.0
2.5
40.8
0.0
0.0
12.7
100.0
704
18,405
916
17,615
33
4
5,741
43,418
1.6
42.4
2.1
40.6
0.1
0.0
13.2
100.0

 明治21年『北海道庁勧業年報』、明治36年『北海道庁統計書』より作成
 
 函館は農産物の比率を高めつつあっても、水産物移出港としての色彩が強い。というよりは、この時期の小樽港の急成長を考えれば、また、移出水産物の対全道比が、明治21年の21.8パーセントから明治36年の39.6パーセントへと急速に比重を高めていることを考えれば、むしろ移出水産物の市場としての地位を確立しつつあったといってよい。これに対して、小樽の場合には、移出水産物の対全道比を高めるとともに、内陸部開拓の成果を吸収し、農産物や鉱、工産物の移出港として重要度を増している。この時期の内陸部開拓は、石狩から空知、上川にむかっており、石狩炭田の開発もすすんだ。これらと小樽を結ぶ鉄道路線も、明治31年に旭川、明治36年には名寄まで達し、旭川から分岐した路線も富良野を通って明治34年には落合まで開通するなど、小樽港は開拓の成果のかなりの部分を吸収できる条件を備えていたのである。
 表6-11によって、明治21年と明治36年の移入品価額の産業別構成をみると、函館港の場合は、農産物が20.8パーセントから30.8パーセントに増加し、工産物が67.0パーセントから48.5パーセントに減少した。小樽は農産物が39.4パーセントから43.0パーセントに微増し、工産物が23.0パーセントから44.5パーセントと大幅に増加した。函館の工産物比率の減少、小樽の増加が顕著な違いになっている。明治21年に対全道比74.7パーセントを占めていた函館の工産物移入の独占が、明治36年に43.5パーセントに低下したことを反映しており、小樽の明治36年の工産物移入の対全道比は44.5パーセントで、わずかながら函館を上回っている。