第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ
第4章 都市形成とその構造
第3節 都市基盤の整備
3 上水道敷設
函館が横浜に次いで近代上水道が敷設されたことは、当時の都市としての先進地であったことを意味していよう。それでは、この都市整備が市街に何をもたらしたのか、そしてその結果が新たに何をもたらすことになったのかを『函館商工会沿革史』を参照しながら述べてみよう。
水道の敷設は飲用水と消火水を供給することが大きな目的であり、「給水栓」と「防火栓」の設置がそのことを如実に示している。この2つの供給はそれぞれの利益や影響を市街地に与えることになった。まず、飲用水の供給は家事用、営業用とに分けることができ、船舶に対する売水などは収入源として重要であった。しかし、もっとも留意しなければならない点は、水道創設にむけての起因とも考えられるコレラの予防に効果があったことである。つまり「明治二十三年ノ如キハ虎列刺病流行ノ勢アリシモ、当港幸ニ此憂ヲ免レタルモ実ニ水道ノ功績尤モ多キニ居ルナリ」と同年のコレラの流行に際して2名の患者のみですみ、その効果を実証した結果となった。 さらに、水道は生活基盤を改良し、井戸の有無に規制されていた居住空間を拡大する要因ともなった。このため「水道落成ノ翌年即チ明治二十三年以来尤モ著シク戸口ノ増加シタルモノハ元町、汐見町、曙町、天神町、旅籠町、台町、船見町、青柳町、海岸町、東川町、西川町、宝町、船場町、真砂町等トス是等ハ従前尤モ水ニ不便ナル箇所ナリシモ一朝水道ノ成ルニ及ンテ忽ヲ新築ノ家屋櫛比スルヲ見ルニ至レリ」と戸数の増加にともなう居住空間の広がりがみられ、表4-28もそれを裏付けている。その中でも元町、船見町、汐見町などは「其地高燥ニシテ眺望ニ富ミ好位置ニ在リト雖モ、惜イ哉水ニ乏シキカ為メニ棲住ニ便ナラサリシナリ」という場所であったのが、この水道の影響により居住地としての優越性を持つことになり、商人層の居宅地として利用されるようになった。 ![]() 明治30年代の基坂での消化訓練 次に消火水の供給は直接的には「一度類焼戸数ニ於テ平均三戸七分八厘ノ減少ヲ見ル水道ノ防火上ニ於ケル効用大ナリ」という消火能力の向上をもたらした。ちなみに明治23年には消火栓の利用という面において、腕用ポンプから英国製手引水管車5台が装備されている(『火災沿革史』)。この消火能力との関連で水道施設は「火災ノ憂ヲ免レヌ一方ニ廉価ナル火災保險ヲ付スルノ便ヲ得タルニ依リ其改良ヲ促カスニ尤モ効アリ、而シテ其改良ノ著シキモノハ貸家ニシテ今日ノ貸家ヲ以テ従前ノ貸家ニ比スレハ實ニ雲泥ノ差アリ」と家屋改良を促進することになった。函館新聞も明治23年から24年にかけて新築家屋の紹介を連載しており、その中に長屋も多く含まれていた。つまり長屋も資産財としての意味を有し、不動産経営の一翼をになうようになってきたものと推察できるのである。 このように当時における水道の敷設は、単なる都市整備ということだけでなく、都市形成に及ぼす影響も大きかったし、そのために新たな事象をも誘因することになった。その新たな事象とは、ひとつには地価の高騰であり、もうひとつは水道既施設の限界という2点である。つまり都市整備が進展すれば良い生活環境を求めて新たな需要が高まり、人口も増加する傾向にあった。その結果として「全区一般地価ノ騰貴ヲ顯ハセリ、而シテ其高低ノ最モ甚タシキハ東川町、西川町、大森町ノ方面ニシテ之ヲ水道布設前ニ比スレハ十倍以上ニナルモノアリ其他高低ノ少キモノト雖モ二三倍以上ニ昇レリ」という事象を生むことになった。 またこの人口増加に連動して、当初創設水道は10年後の給水人口を6万人と想定したのに対し、5年目にして早くもその人口を超えるに至った。そのために明治26年11月15日の区会より、水道増設へむけての具体的な動きがみられ、次のような経緯で進められた。
水道増設事業の内容については、明治27年3月19日付で提出した次の上申書のとおりで、その結果は同年6月15日に内務大臣の認可を得ている。
増設工事は明治27年9月1日に着工し、29年10月31日に竣工しており事業費については表4-29のとおりである。この第1次拡張工事により、函館の水道事情は施設能力が創設時に比べ約3倍の規模となり、明治40年頃までの需要に対して安定して給水することができた。また消火栓が増設され、本格的な圧力水が使用できる消防体制となり防災能力も高められた。ちなみに水道の個人利用のための分水も明治25年12月調によると営業用98か所、家事用215か所が同35年には506か所と791か所に激増しているのである(『函館商工会沿革史』、明治35年7月18日「函館公論」)。 表4-28 水道竣工前後の給水箇所数の比較
『函館商工会沿革誌』、明治22年「区会」、『函館増設工事報告書』より作成 表4-29 函館水道増設工事費
『函館市史』統計史料編より作成 |