函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編2

第2巻 第4編 箱館から近代都市函館へ

序章 世界の中の箱館開港

第1節 安政2年の開港と異国とのつきあい

3 開港前後の諸問題と幕府の対応

 安政2年3月は、いよいよ箱館開港の月である、すでに2月からアメリカ捕鯨船の入港がみられたが、これも含めて箱館開港以降の外国船の入港状況を安政2~3年の2か年間についてみると表序-2のとおりである。これは、同表注記史料から作成したものであるため、史料の性格上漏れているものも少なくないとみられる(特に安政3年は、その可能性が強い)が、大体の動向はつかめるものと思う。まず船名別入港船数を国別にみると、計43艘のうちアメリカ船23艘、イギリス船13艘、フランス船3艘、ロシア船2艘、オランダ船・ドイツ船各1艘で、アメリカ船が最も多かったが、未だ条約を締結していないフランス、ドイツの船舶が入港したのは、特別措置によるものであった。また船種別では、アメリカ船が捕鯨船11、商船7、軍艦4、不明1で、捕鯨船が最も多く、次いで商船、軍艦となっているのに対し、イギリス・フランス・オランダ・ロシアの各船は、総て軍艦であった。そのため軍艦は、船名別入港数の半数以上を占める結果になっている。
 アメリカ船の多くが捕鯨船であったことは、箱館を北太平洋上におけるアメリカ捕鯨船団の日本における主要な寄港地とするというペリーの目的からして当然の結果であったが、捕鯨船に次いで商船の入港が多かったのは、後述の如く日米和親条約の内容が原則的には、単に薪水食料等欠乏品の供給のための開港を規定したものに過ぎなかったとはいえ、同時に交易の可能性をも秘めたものでもあったという事情とも深くかかわっていたものとみられる。またイギリス軍艦の入港がすこぶる多く、例外的な措置とはいえフランス軍艦の入港もみているのは、クリミヤ戦争(1853~56)の影響によるものであった。クリミヤ戦争というのは、中近東及びバルカン半島の支配権をめぐって、イギリス、フランス、サルデーニャ(現イタリアの一部)、オスマン・トルコの4か国連合とロシアとの間で戦われた戦争で、主戦場はクリミヤ半島と黒海であった、戦火は極東にまで広がり、極東では、英仏連合艦隊がロシアの背後を突く形でロシアに攻撃を加えた。そのため箱館開港時には、日本海からオホーツク海に至る海域は、英仏連合艦隊とロシア艦隊との戦場になっていたのである。イギリスの軍艦が頻繁に入港しただけでなく、未だ日本と国交のないフランスの軍艦も入港しているのもそのためであった。なお、安政2年にはロシア船の入港をみず、翌3年9月になって漸く入港しているのは、安政2年にはロシア軍は劣勢にあり、極東にあっては、英仏連合艦隊の包囲にあって入港しえなかったこと、またロシアはクリミヤ戦争で敗北し、1856年3月パリ講和条約により同戦争が終結したことによるものであった。
 
国名船種船名乗組員数(人)入港年月日
安政2年
安政3年
捕鯨船
ブリュッテル
イレイフ・スウイト
スプレンティット
レベレット
ヂュリベリー
メソカル
ニューイングランド
マータ
カムブリー
オーセン
シイン
34
36
48
26
35
33
38
32
37
34
30
2/14
2/22
2/293/2
4/18
5/17
6/28
6/28







3/1
3/2
3/13
4/7
商船
カロライン・フート
グレタ(独)
バルメット
ウィルミントン
メーソン
ポストン
ゼネラル・ピアース
168(21)
12
12

12
9
14
3/4,3/6,5/1
4/3,7/15
6/22
7/20




3/13
4/6
8/11
軍艦
ハンコック
クーパー
ヴィンセンス
不明
80
25
180
4/21
4/22,5/2
4/23



7/1
不明
5/8,5/11
23
15〈21〉
8〈8〉
軍艦
シビル
ホルネット
ビッテン(ビッターン)
サラセン
ターター

ウインチェスター
スパータン
スチックス
エンカウンター
ナンキン
ピック
バラコータ
不明
350
160
120
44
46

450
250
160

500
310
160
3/12,7/17,9/22
3/12,3/18,7/17,9/24
3/12,3/19,4/15
4/6,4/18,6/1,6/28
4/13,4/17,4/195/13
5/24,6/14,6/21,7/3
4/14,5/24
4/17,7/19
4/27,5/13
5/13,7/16,9/24
6/14
6/21,8/3
7/6
5/9
3/9,4/28,6/13
4/28,6/17




6/15




3/12,4/29,6/16
3/23,4/26,6/11
13
13〈36〉
5〈12〉
軍艦
シビル
ウイルジニー
コンスタンチーヌ
462
550
260
6/7,
8/4
6/14
7/29,9/晦
4/17
4/17
3
3〈5〉
2〈2〉
軍艦
メデュサ
250
8/15
1
1〈1〉
軍艦
オリブーツァ
へダ(戸田村にて建造)

9/27
9/29
2
2〈2〉
商船
(運搬船)
(シンガポール,仏)

5/23
1
1〈1〉
船名別入港船数(含不明)合計43
31〈63〉
19〈25〉

 
 『大日本古文書・幕末外国関係文書』、『維新史料綱要』、リュードルフ著・中村赴訳『グレタ号日本通商記』(新異国叢書、第Ⅱ輯3)、金沢克忠「異人上陸風説書」(安政2年2月14日~4月28日)等より作成.
 米商船カロライン・フート号の乗組員数のうち、168人は安政2年3月4日・3月6日入港時のもの(ディアナ号のロシア人を含む)、21人は同年5月1日入港時のもの.
 〈 〉は、延べ入港船数