函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編1

通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世

第5章 箱館開港

第16節 戸口及び市街の膨張

 このような戸口の急増に伴い、箱館市街も変貌した。すなわち、この当時の箱館の市街を見ると、町は御役所と書かれた箱館奉行所を中心に箱館山の山すそおよび砂洲の西岸に沿って広がっていた。役所正門から海岸に向かって広い坂道が通り、貿易港としての表玄関である運上所産物会所および交易会所につき当っている。それを中心に海岸に沿って西に弁天町大町、東に内澗町地蔵町が一列に並んでいた。弁天町箱館湾を外海と分かつ岬の付近に展開し、外側に山背泊および鰪澗などの漁師、水夫らが住む場末町に続き、古くから格好の停地として賑わい、小商人、漁師、小宿等が集まり、第一繁華の地といわれていた。それに続く大町産物会所交易会所から、内陸の旅人、商品の出入を取締まる沖ノ口役所および問屋小宿、諸商人ならびに場所請負人らの大家屋が軒を連ね、その東に続く内澗町とともに商港箱館の中心をなしていた。また弁天町の坂上には神明社および高龍寺があり、大町の坂上には実行寺称名寺浄玄寺等の大寺が門を並べて寺町通りを成し、その裏には天神社、その前には天神町および箱館山に祀られた薬師、愛宕社に登る坂があった。内澗町に続く地蔵町弁天町に対して町の内陸寄りのはずれに位し、小商人、蝦夷地出稼ぎを業とする場所出稼人、漁師、職人などが住み、町名になった地蔵堂があった。

安政期の函館港総図 「罕有日記」より