函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編1

通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世

第5章 箱館開港

第14節 生活・宗教

2 宗教

 安政4(1857)年弁天岬台場築造のため弁天社(弁財天社のことで、この時代には弁天社と通称されていたらしい)が移された。文久元(1861)年には天満宮が仲新町に移され、翌2年亀田八幡宮の拝殿を改築した。豊川稲荷社(函館八幡宮の摂社)は文久2年(一説に3年)に創立された。東照宮は日高様似等澍院(文化年間建立、蝦夷三官寺の1つ)に勧請されていた東照大権現を元治元(1864)年五後郭が築城されたおりに、その鬼門守護として亀田村上山に遷(せん)座したもので、元治2年4月17日鎮座祭を挙げ、上山は神山と改められた。御用達問屋らの献金で神殿ができて結構を極め、「蝦夷日光」といわれたが、明治2年兵火で焼け、以後箱館に移された。
 このころになると屋敷神としての稲荷神の祭祀が方々に見られ、『箱館夜話草』には「十人の稲荷」「地主稲荷」「天光稲荷」などの名がある。天光稲荷は山背泊稲荷神社として現存する。また船見町に函館稲荷神社があり、ここに「宝永稲荷」といって、古い稲荷神(一説に宝永年間創建)が合祀されている。