函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編1

通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世

第5章 箱館開港

第1節 箱館開港の経緯

1 各国との開港条約の締結


プチャーチン

 日露和親条約は、すでにアメリカやイギリス、オランダとの間に締結された後なので、これを拒む理由はなかったが、ただロシアとの間には懸案として、国境問題が横たわっていた。従って論議はこれに集中され、その交渉の過程において千島方面では、ロシア側は、択捉島は元来ロシア領であるのに、日本人が占有しているのだといってその領有を主張し、日本側は、千島全島は日本領であるのに、ロシア人がその北部を侵しているといって譲らなかった。この結果、ロシア側は、交易が許されるならば択捉島までは譲歩するということになったが、北蝦夷地(樺太)はアニワ湾を除くほかは、南の果てまでロシア領であると主張して譲らず、日本側は、あくまで北緯50度線を固持して譲らなかった。しかし、プチャーチンは不時の災厄に艦船を失い、帰国さえも危惧(ぐ)されたので強く自説を主張することができず、ついに従来のごとく国境をおかず共同管理にまかせることになった。かくして12月21日、日露和親条約9箇条の調印をみたが、国境問題については次の通り決定された。
 
第二条
今より後、日本国と魯西亜国との境、エトロフ島とウルップ島との間にあるべし。エトロフ全島は日本に属し、ウルップ全島、夫より北の方クリル諸島は魯西亜に属す、カラフト島に至りては、日本国と魯西亜国の間において、界を分たず、是迄仕来の通たるべし。

 
 ここにおいて、多年日露両国間の問題となっていた、千島列島における国境は確定されたのである。現在わが国が南千島領土の返還を主張しているのは、まさにこの条約に基づくものである。