函館市/函館市地域史料アーカイブ

函館市史 通説編1

通説編第1巻 第2編 先史時代

第3章 函館の縄文文化

第3節 貝塚の形成期

 この時期の石器として特色ある青龍刀形石器がよく出土する。狩猟用石器である石鏃は、石槍と共に形態などでいくらかの変化を示すものもある。石槍に似た石器で、八幡一郎がへら状石器と呼んだものがある。この石器は他の時期にも出土するが、出現頻度が高く、この時期に一般的になったものと思われる。石槍よりも肉厚で、先端部が丸味を帯びたものと、T字形で刃部が水平に近い形をしたものとがある。T字形のものは製作の時に剥離した剥離面を残している場合が多い。基部に木などの柄を付けて物を削ったり割ったりするのに用いた石器であろう。石小刀などの剥片石器類では、紐などを付けた縦形の柄のある石器がほとんど見られず粗雑なものが多い。石斧は緑色粘岩を用い、擦り切り石斧と、敲(こう)打法によって作った石斧の2種類が出土する。木の実などを挽(ひ)き割ったりする石棒と石臼(うす)があるが、石棒は長さ30センチメートルほど、直径7センチメートルほどの小形で円柱形のものが多くなる。石臼は長方形で縁取りがしてあり、底に脚が造り付けられている。石臼には用途によって縁取りや脚のないものもある。円筒土器に伴出する石冠は見られない。石冠は擦りつぶす道具であったが、これに類するものが見当らない。これは石棒や石臼の変化とも関連するのであろうか。竪穴や貯蔵穴を掘ったり土器用の粘土を採掘する土掘り用具と思われる石器がある。長さ約15センチメートル、厚さ約2センチメートルのかまぼこ形をした石器で、安山岩や石英粗面岩が用いられ、周縁を粗く打ち欠いただけのものである。貝塚の時代でもあるから、おそらく漁網も使用されていたであろうが、石錘の出土量が少なく、比較的大形のものなので漁網の改良があったか漁法が変ったことも考えられる。
 青龍刀形石器煉瓦台貝塚、戸井貝塚どで出土しているが、一種の磨製石器で実用品とは思われない石器である。中国で使用されている青龍刀に似ているので、江戸時代に木内石亭が青龍亭石と呼んだこともある。石質は安山岩などで、刀部が半月形、刃部が溝(みぞ)状になっている。長さが25ないし30センチメートルで、約半分が刀部であり、完形で出土することが少なく、柄の部分が折れていることが多い。出土例を見ると全体の形に共通点があるが、刀部や刃部に少しづつ違いがある。最近青森県下北郡佐井村から出土した骨製品がある。これは青龍刀の模造品で、柄頭(つかがしら)や皮製の鞘(さや)の形までよくできている。大きさ約7センチメートルのものであるが、この発見によって静狩貝塚出土の骨製の破損品が、青龍刀を模造した皮製の鞘の部分であることがわかった。青龍刀形石器は北海道西南部、青森、秋田で発見されているが、もしもこの時期に中国など大陸から青龍刀が渡来していたとすると、日本の金属器文化の起源にも大きな影響を与えることになる。