札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第8巻1 統計編

Ⅲ産業・経済

7 産業
産業に関する統計
 本稿を草するにあたって,『札幌沿革史』(1897),『札幌区史』(1911),『札幌市史』(産業経済篇 1958),『札幌百年のあゆみ』(1970)など既刊の札幌の自治体史を参照したが,他の部門はさておき,産業に関する統計は至って乏しいものであることがわかった。現在,刊行事業を行っている『新札幌市史』は,この点でも大いなる前進をめざしており,「統計編」の編集作業を進める中で,改めて主要な図書館,文書館などを対象に調査を重ねることにより,新たに貴重な資料を収集することができた。中には,本編の統計の作成に直接利用できないものも少なからずあったとはいえ,それらの紹介も含めて,以下に産業に関する統計について述べることにする。
 まず,産業に関わる基本的な統計資料として,『札幌区(市)統計一班』及び『石狩(札幌)支庁要覧』をあげなければならない。前者は札幌区(市)の統計書として,1910年(明43)から1940年(昭15)まで毎年刊行されたが,統計の対象とされた年は1907年(明40)から1938年(昭13)までであった。また,『札幌区(市)統計書』の刊行に先立つものとして,『明治廿一年札幌区役所統計概表』(1889),『明治二十二年札幌区役所統計概表』(1890),『札幌区状態一班』(1908),『札幌一覧』(1910)などを逸することはできない。
 

表1 『札幌区統計一班』・『石狩支庁要覧』・『札幌商業工会議所統計年報』の構成

出典:『石狩札幌支庁要覧』(1930),『札幌区統計一班』(1930),『第15回札幌商業工会議所統計年報』(1930)による。
産業に関連した分のみを掲げた。
 
 後者は,石狩(札幌)支庁の統計書であり,毎年刊行されたか否かは不明であるが,今回みることができたのは,『札幌支庁庁治一覧』(1910),『札幌支庁管内一班』(1918),『札幌支庁管内要覧』(1920),『札幌支庁管内統計書』(1921),『石狩支庁管内要覧』(1922~34)などであった。これらのほかに『札幌支庁管内要覧』(1922),『石狩支庁管内要覧』(1928),『石狩概観』(1936)があり,単なる統計書ではなく,部門ごとに解説が付けられている点で非常に有用である。さらに,各町勢要覧も貴重な資料ではあるが,その残存状態(別項参照)にばらつきが大きく,利用しにくいという問題点がある。
 これらに加えて札幌区(市)の統計資料として,『札幌商業(工)会議所統計年報』がある。第1回(1908)から第25回(1942)まで毎年のように刊行されており,昭和期に戦時体制がエスカレートするに伴い統計の項目も減少の一途をたどることになるが,それでも『札幌区(市)』統計書』と併用し,補い合うことができる。表1はこれら3つの統計書の内容をうかがうべく,各統計書の1930年(昭5)版の,産業に関わる項目のみを抽出したものである。
 それではこれらの統計書が刊行される以前の時期についてはどうかといえば,北海道庁などの刊行物に頼らざるを得ないのが実状である。すなわち開拓使時代の『開拓使事業報告』(1885),3県1局時代の『札幌県治類典』(1882~86),『札幌県統計概表』(1882),『札幌県勧業課年報』(1883~85),道庁時代の『北海道庁勧業(拓殖)年報』(1886~1905),『北海道庁統計書』(1886~)などがそれであり,統計の数値が区(市)・郡・支庁ごとに集約されていることによる使いづらさはあるものの,やはり貴重な資料である。
 以上に述べた基本的な資料群に加えて,いわば副次的な資料群も活用しなければならない。具体的な資料名は後述するが,部門ごとに国や道庁の膨大な刊行物があり,社史や団体史の中にも利用価値の大きいものが少なからず存在している。
 
域内生産額と産業構造
 まず域内生産額についてであるが,第177表は1873年(明6),1876年,1879年の各年における篠路・札幌・円山・平岸・上手稲の5つの村の開墾地面積,作物収量,馬数及び果樹植栽数を示したものであり,第178表は1882年(明15)下半期における諸村の状況を示したものである。これらが,いずれにしろ部分的な統計資料にとどまるのに対して,1917年(大6)から1936年(昭11)までの,現在の札幌市を構成する8つの市町村の生産総額を示した第179表により,商業やサービス業などの第3次産業に関する数値を欠いてはいるものの,一応札幌の域内生産額とその変遷を知ることができる。
 次に,札幌の産業構造とその変化を知るために,第180表から第192表まで多くの表を作成した。その際に,工業中心の札幌区(市)部と,農業中心の周辺の町村部とでは産業構造が大きく異なっていたので,作表にあたっては市部と町村部を敢えて分けてみた。第181表から第190表までは,町村部の産業別総生産額及び町村別の農産額・畜産額・林産額・水産額・鉱産額・工産額を示し,第187表から第190表までは,1920年(大9),1925年,1930年(昭5),1935年の各年における町村別産業別の生産額を示した。これに対して,第191,192表は,市部の産業別生産額を示したものであり,中でも第192表により時期的に限られてはいるものの,商業や土木・建設を含めた本来の産業構造のあり方を知ることができる。
 ところで,産業別生産額の側面から産業構造を表す以上に述べた方法に対して,産業別就業者の側面から産業構造を表す方法があり,それは『国勢調査』中の産業別就業者の統計を利用することにより可能になる。これについては人口の部で取り上げられているが,市史「通史4」では1930年(昭5)の国勢調査の結果を取り上げて,市部では商業,工業,公務自由業の順であり,町村部では農業,工業,商業の順となっていることが明らかにされている。
 
農 業
 第1に,農家構成について。第193表は1899年(明32)における諸村の自小作戸数と自小作地を示したものであるが,これを除けば第194表から第199表までは,若干の年を取り上げて,各年における農家戸数(自小作別,所有面積別,耕作面積別)及び耕地面積(田畑別,自小作別)を概ね市町村別に示したものである。まとまった統計資料を持つ市部については,累年統計を作成した。
 第2に,作物構成について。第200表は1886年(明19)から1899年(明32)までの,札幌区・札幌郡における特用作物(工業用原料となる)の作付面積と収穫高を示したものであるが,これを除けば第201表から第206表までは,やはり若干の年を取り上げて,各年における作物生産の状況及び野菜・果樹生産の状況を概ね市町村別に示したものである。また第207表から第210表までは,各市町村の農産物(畜産物を含む)価格の上位7品目を示したものである。さらに第211表から第214表までは,玉葱・亜麻・燕麦・ビール麦など,札幌における代表的な作物の累年統計であり,多くは社史・団体史がその典拠となっている。これらの諸表は,全体としては都市近郊的な農業生産の性格を強めながら,各市町村が持つ自然的・社会経済的条件に応じた農業経営方式(地帯農業)の確立に向かいつつあった,この時期における札幌の農業のあり方を明示せんことを企図して作成されたものである。
 第3に,養蚕業について。第215表は『札幌区(市)』統計書』に基づいて作表したものである。1922年(大11)以後には,養蚕業の統計資料は独立した項目ではなくなり,一般の農作物中に含まれる形で表示されるようになるが,このこと自体が,札幌における養蚕業の停滞ないし衰退を示すものと思われる。町村部の養蚕業についてはまとまった統計数値を得ることができなかった。
第4に,酪農・畜産について。第216,217表は,1886年(明19)から1899年(明32)までの札幌区・札幌郡における民有の牛・馬・豚数及び官民有の乳牛・農耕馬数を示したものであるが,これを除けば第218表から第221表までは,若干の年を取り上げて,各年における酪農・畜産の状況を市町村別に示したものである。ここでも,まとまった統計数値を持つ市部については,累年統計を作成した。
 

表2 札幌地域における産業組合一覧表(農業団体を除く)

出典:『北海道産業組合要覧』各年度版による。
注)(有)北海道庁購買組合は,のち(有)札幌購買組合に,(保)札北信用購買組合は,のち(保)札幌市民信用購買販売利用組合に,(有)林野局員信用購買利用組合は,のち(保)林野局員信用購買販売利用組合に変わった。
 
 第5に,農業団体について。農会・産業組合・農事実行組合・土功組合など代表的な農業団体のうち,農事指導事業を担う農会に関する統計資料を得ることは困難である。これとは対照的に,経済事業を担う産業組合については,個別の産業組合史や農協組合史が多数に上るほかに,道庁が『産業組合要覧』(のち産業組合並農業倉庫要覧)を毎年刊行するなど統計資料は豊富であるが,今回は札幌にあらわれた産業組合を確定することに意を注ぎ第222,223表を作成した。なお,表2は札幌にあらわれた農業団体以外の産業組合をまとめたものであり,本来の作業を進める中で生まれた,いわば副産物のようなものである。
 また,農事実行組合及び土功組合についても各々『要覧』が不定期ながら刊行されている。『農事実行組合要覧』は1942年(昭17)まで刊行されており,このこと自体が,農事実行組合の果たすべき役割が増していったことを示唆するものと考えられるが,それだけではなく,この要覧の内容をみると,戦時下の農業の実態を示す貴重な資料でもある。このたびは農事実行組合数と組合員数を表示するにとどめた。土功組合については『土功組合要覧』のほかに,『土地改良事業要覧』という不定期な刊行物も参考になる。
 
林 業
 『新札幌市史』の「通史3」「通史4」は林業についての記述を欠いている。札幌における林業の歴史は明治期の段階にとどまっており,大正期以降の林業の展開は,戦後編(通史5上)で果たすべき課題とされている。したがって林業の統計については第226表から第230表まで少数を作成したに過ぎない。そのうち第226表は所有区分別面積(御料林,国有林,公有林,社寺有林,私有林)を,第227表は施業制限地・準施業制限地を,各々町村別に示したものである。この2つの表は,資料調査の中でたまたま見つけた農林省山林局の調査報告に収録されている統計的数値で,『北海道森林一班』『地方林業一班』『北海道森林概要』などの道庁の刊行物には市町村別の数値は一切収録されていないから,貴重なものといえる。
 なお第227表の施業制限地・準施業制限地についての説明が必要である。そもそも森林は林業生産の場であると共に,様々な公益的機能を持っており,そこから施業制限地や準施業制限地が設定されることになった。すなわち国土の保全を図るために,土砂の流出防止,水害・風害・潮害の防止,水源涵養など9項目に該当する保安林に編入し,保安林での皆伐と開墾を禁止することとなり,施業制限地が設定されたわけである。準施業制限地の中には,特設試験林・参考林・保護林や貸付地・採草地・放牧地・入会地・共同使用地などが含まれており,施業制限地に準ずるものとして位置づけられた。
 また第228表から第230表までは若干の年を取り上げて,各年における林産額を町村別に表示したものである。
 
鉱 業
 第231表は鉱産額を町村別に示したものであるが,このうち鉱石は豊羽鉱山の金・銀・銅・鉛などの生産額であろう。同鉱山は1916年(大5)に本格的な採鉱が開始され,第1次世界大戦後の戦後恐慌により打撃を受け,1921年に休山に追い込まれた(豊羽鉱山三十年史)。土石について,藻岩村の分はおそらく現在の南区石山の豊平川右岸で生産されていた札幌軟石(凝灰岩)と,左岸の八垂別で生産されていた札幌硬石(石英安山岩)をさすものであり,豊平町と白石村の分は,豊平川で盛んに採取されていた砂利をさすものと思われる(札幌市史)。石油は,明らかに手稲村字軽川で日本石油株式会社北海道製油所によって生産されていたものである。同製油所は1912年(大1)に操業を開始し,「揮発油,灯油,軽油等を生産し,その生産量は大正初期の北海道の全石油製品需要を賄うといわれた」(日本石油百年史)とのことである。但し『石狩支庁要覧』は,1922年以降に鉱産額を町村別に計上することをやめ,石狩支庁分として一括して計上することに変わったため,鉱産額を町村別に把握することは不可能になった。
 ところで手稲鉱山と豊羽鉱山は,いうまでもなく札幌を代表する金鉱山であったが,第232表はこの両鉱山の主要な鉱産物であった金の生産量を示したものである。手稲鉱山はいくどか経営者が交代し,戦時体制がエスカレートする中で企業整備による銅鉱山への転換を余儀なくされることもあったが,ともかく1931年(昭6)から45年(昭20)まで生産は続けられた(手稲鉱山史)。豊羽鉱山は1939年に操業を本格的に再開したものの,坑内が水没するという事態に見舞われ,45年に再び休山に追い込まれた(豊羽鉱山三十年史)。
 
工 業
 工業に関する統計のうち,札幌区(市)の分は『札幌商業(工)会議所統計年報』『札幌区(市)統計一班』及び『北海道庁統計書』に基づき,いわば三段構えで作成した。第1に,工業部門を大きく軽工業(繊維工業,食品工業,その他),重化学工業(機械・金属工業,化学工業),その他に区分した上で,それぞれの生産額の推移を示した(第233表)。第2に,軽工業部門の方は繊維工業にしろ,食品工業にしろより細かく区分して,それぞれの生産額の推移を示した(第234,235,238,240表)。この際第234表と第235表を分けたのは,繊維工業の製品が多様化したからであるが,このことは工業発展の一側面をなす。第3に,繊維工業における帝国製麻札幌工場,食品工業における大日本麦酒札幌工場はどちらも突出した存在であったので,この両工場の生産高を別途表示した(第236,237,239表)。その他の軽工業や重化学工業についても,基本的に同一のやり方がとられた。また第241表は,重化学工業の発展が本格的に開始したことを示しているが,このことも工業発展の一側面をなす。
 ところで表3は,1889年(明22)の札幌区における工業会社と製造工場を示したものであるが,24の事業所中15の事業所は,かつて開拓使によって創設され,その後民間に払い下げられたものである。このことは周知の事実であり,市史「通史2」の叙述で尽くされているものとして敢えて作表しなかったが,しかし,札幌における工業の歴史の重要な一側面であることは明らかであり,まったく取り上げないのは配慮に欠けるのではないかと考え直して,同書が利用していない資料を用いてこの表を作成した。
 

表3 札幌区の工業会社と製造工場(1989年)

     出典:『明治二十二年札幌区役所統計概表』。備考欄は『新札幌市史』第2巻通史2による。
 
 次に町村の分は,『石狩支庁要覧』にもとづき若干の年を取り上げて,各年における工産額を町村別に示したものである(第242~244表)。この表によれば,年により工産品の種類が大きく違うこと,及び町村別工産額の変化が大きいことなどが目に付く。
 
エネルギー産業
 本来ならばガス事業も取り上げるべきであろうが,さしあたり『新札幌市史』「通史4」に付け加えることもないのでガス事業は省き,電気事業についてのみ作表した。第246表は札幌区(市)における電気使用状況の累年統計である。『石狩支庁要覧』には電気事業に関連する統計資料は皆無であるため,町村の分は札幌水電や北海水電の『営業報告書』に頼らざるを得ない。第245表は両社の『営業報告書』にもとづいて作成したものであるが,今回みることができたのは1911(明44)~29年(昭4)の分までである。