札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第7巻 史料編2

二 札幌市街と周辺村落の形成

 札幌の成立は先ず未開の荒野であった土地に官の招募移民の移住などによって、市街並びに周辺に村落が形成されることから始まり、更に移住が進み、その移住農民に種々の問題を抱えながらも、市街地並びに村落が進展の道を辿ったが、その極めて珍しい且つ困難であった明治二十年代初期までの史料を「民事局布達」「開拓使公文録」「開拓使布令録」「札幌県治類典」「移住民状況調」「巡回調査復命書」「北海道庁布令全書」などを基に左の六項目に分けてまとめた。
 
 一 先駆をなす「招募移民」では明治二年島判官が札幌本府の建設に取りかかると同時に周辺に村落の設置が意図され、東北地方から移民の招募がなされた。羽越地方から募集した庚午一、二、三の村(後の苗穂・丘珠・円山の各村に当たる)に入地した移民については「一札幌本府の建設」で取り扱われているので、ここでは少し趣を異にする仙台藩の伊達将一郎や片倉小十郎の旧家臣団が北方防衛と開拓の名目で開拓地の給与を求め、開拓使はこれに応じて、旧藩士を招いて平岸や白石村に移した経過を「開拓使公文録」などによって明らかにした。
 
 二 「札幌市街と周辺村落の誕生」は市街地が区画割されて町名や字名が、また集団で移民の入った所には村名が付せられ、ついで、これら町村が大小区制から新たに編成された郡区制に組み入れられ、区割については人口稀少地区に問題を抱えながらも、郡区町村として形を整え、市街地には人口が増えて来て条丁目が増設される明治二十三年までの史料を「民事局布達」「地理諸留」「開拓使布令録」「北海道庁布令全書」などによってまとめた。
 
 三、四の項は市街地と村々の成立後の展開経過を語る史料を「移民履歴調」「移住民情況調」「移住民取調復命書」などからひろい集めた。「移民履歴調」は市街並びに各村の成立時から明治十年現在に至る移住状況、地形地質、水陸の便不便、着産の目途などを踏まえた各副戸長の報告であるが「開拓使事業報告原稿」を見て行くと「事業報告」勧業の部、移民の記述などはこの「履歴調」の原文に手を入れ編集したものと推定される。なおこの「履歴調」についていた「表」は今日見られないが、「事業報告」所収の表に利用されているものと思われる。次に明治十七、十九年の「移住民情況調」を取り上げたが、これらはこの年次での移住農民の移住状況を調査したもので、「明治十九年調」は「河野常吉資料」の中にあったものである。これらの情況調と明治十五~十七年の札幌周辺の村々に入地した移民の移住農民生活状況取調復命書は、「札幌県勧業年報」の第二回あるいは第三回に記載されている「移住民状況」などの基礎史料になっていることが読みとれる。
 
 五 「福岡・山口県民の移住」は当時の相つづく反乱によって困窮し、政府もこれに応じて力を入れた西南諸県からの移住民が多く見られるので、その例として取り上げた。まず福岡県の報国社の移民は、月寒村に入地したものの指導よろしきを得ず、まとまりつかず、月寒村に残ったものは六戸と大阪からの三戸、他は平岸村へ二十一戸、当別村へ二十八戸、対雁村へ四戸分散転住するという結果になった。この分住先は「移住農給与書類」によった。山口村に入地した山口県移住民状況は「札幌県治類典」にも見られるが、ここではまとまった報告になっている明治十六年七月二十日付官報にある「札幌県報告」を採った。なおこの前日の官報に品川弥二郎が山口村を巡視し、色々指導している記事があるので、その分も記載した。なお福岡県からの開墾社移民は北海道移住としては異例の農商務省から資金一万二千円を借りての移住であるが、会計の流用処理により資金を失い、移住民は資金の返済ばかりでなく、生活にも困窮し、札幌、福岡両県民の募金による救助も受けたこともあって、政府はその救済をはかり、便法として、明治十六年布達の「移住士族取扱規則」を遡ってこの移住民に適用させた。この規則は結局陸軍省に移され、屯田兵応募士族の全国的調査となり、招募となったのであるが、この屯田兵増強に際し、特に西南諸県士族の救済を計る意図をもって、屯田兵事務局長准陸軍大佐永山武四郎の進言が行われた。新琴似、篠路兵村に西南諸県士族が多かったのはこの進言に基づいている。
 
 この進言は「札幌県治類典」にあり、六の「屯田兵村の開設」のところに載せた。なお屯田兵村の開設については、琴似では密集兵屋の問題、山鼻では沙石の多い農耕地の問題を「開拓使公文録」によって取り上げた。これらは後々まで、その村の問題の種になっている。なお屯田兵授産対策として養蚕、製麻などがあるが、その授産の一策として今になお桑園と呼ばれている地区の開発がなされたので、この経過を「開拓使公文録」によって記載した。また山鼻兵村の招募兵は琴似兵村へ招募の宮城、酒田、青森の三県に置賜、岩手、秋田の各県を加えているが、共に東北地方に限られているので、山鼻屯田兵招募布達によってその例を示した。