第十編 現代の札幌
第十章 現代の宗教
第一節 神社と寺院
二 市内神社と札幌祭り
神輿渡御の行列編成は、表2のようになっていた(北海道神宮例祭 札幌まつり)。65以下は「列外隊」となり、合計で七四六人に及んでいた。この後に山車行列が続くのであるから、総勢で一二〇〇人から一三〇〇人に及ぶ大行列となる。
敬神講社は北海道神宮への奉賛組織であるが、市域を分割した祭典区があり(現在三一祭典区)、毎年、当番にあたる年番の祭典区が決められており、年番区が神輿渡御の中心的役割をになうシステムとなっている。年番区には渡御部が設けられ、ここに渡御、万灯、勤王隊、稚児(ちご)などの係が置かれていた(『札幌まつりの今昔』)。1の先導車に乗るのはこの渡御部長らである。2万灯は金棒八人の女性と笛・太鼓一三人のお囃子(はやし)隊である。 7~10は、神宮内の奉賛・信徒組織である。7祈請講は明治四十二年(一九〇九)に、新年厄払い祈祷を目的に創設された祈請会を昭和二十一年(一九四六)に改組したもので、8一日講社は頓宮の信徒を中心に昭和二年に結成されていた。9佼義講は昭和五十三年九月十七日に結成され、旧交誼講を再発足させたものである。交誼講は戦前期、西野に所在した小作地住民より成る札幌神社組合交誼会をもとに結成されていた。10むすび会は、二十六年に結成された信徒組織である。それから隊旗の後に勤王隊が続くことになるが、勤王隊は11~17の六〇人で編成され、鼓笛・太鼓などの楽隊は12である。演奏継承のための勤王隊保存会も、昭和三十九年十一月一日に結成されていた。 札幌まつり振興会も六十二年四月三十日に設立され、協賛金の募集と渡御行列の経費、年番区・山車連合会への助成などが目的にされていた。 |