札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5下

第十編 現代の札幌

第九章 芸術・文化の拡がり

第三節 文化財と郷土資料館・郷土史

一 文化財

 札幌市内には後掲の表10が示すように、国指定一二件、道指定三件、市指定七件の文化財があり、登録文化財も一三件ある(平成十五年現在)。ここではまず市指定文化財からみていくことにする。
表-10 札幌市内指定文化財
種類名称所在地所有者指定年月日摘要
国指定重要文化財八窓庵
(旧舎那院忘筌)
中央区中島公園1番地札幌市昭25. 8.29江戸初期の茶人小堀遠州(1579~1647)の晩年の作と伝えられる草庵風の茶室。
豊平館中央区中島公園1番20号札幌市昭39. 5.26明治13年に開拓使が建てた洋風建築物で、明治初期のホテル建築の貴重な遺構。
北海道庁旧本庁舎
(赤レンガ庁舎)
中央区北3条西5・6丁目北海道昭44. 3.12明治21年に建てられた米国風ネオ・バロック様式の官庁建築物。
北海道大学農学部
第2農場
北区北18条西8丁目
北海道大学構内
文部科学省
(北海道大学)
昭44. 8.19明治42年から本道酪農の模範農場として造られた、耕馬舎、穀物庫等全9棟。
旧札幌農学校演武場
(時計台)
中央区北1条西2丁目札幌市昭45. 6.17米国中西部建築様式の影響を受けた実用的な建物で、明治11年に開拓使が建築。
北海道大学農学部
植物園・博物館
中央区北3条西8丁目
北海道大学農学部植物園内
文部科学省
(北海道大学)
平1. 5.19明治15年建築の博物館本館、同33年建築の博物館事務所、同17年建築の博物館倉庫、同44年建築の植物園門衛所など。
重要有形民俗文化財アイヌのまるきぶね同上文部科学省
(北海道大学)
昭32. 6. 3シイク・トヨタリケによって、大正末期に製作。
史跡開拓使札幌本庁本庁舎及び旧北海道庁本庁舎中央区北3条西5・6丁目北海道昭42.12.15明治6年10月に建築された開拓使札幌本庁舎跡を指定。
琴似屯田兵村兵屋跡西区琴似2条5丁目札幌市昭57. 5. 7明治7年に建設された北海道最初の屯田兵村の兵屋跡で兵屋番号133番。
重要無形民俗文化財アイヌ古式舞踊南区小金湯27
札幌市アイヌ文化交流センタ
(札幌ウポポ保存会)平6.12.21重要無形民俗文化財「アイヌ古式舞踊」の保護団体を構成する団体として追加指定。
天然記念物円山原始林中央区円山林野庁大10. 3. 3海抜226mの山で390種の植物分布が見られる。
藻岩原始林南区藻岩山林野庁大10. 3. 3414種の冷温帯の豊富な植物分布がある。海抜531m。
道指定有形文化財琴似屯田兵屋西区琴似1条7丁目琴似神社(管理 琴似屯田保存会)昭39.10. 3明治8年に入植した北海道最初の屯田兵村の兵屋の1棟で、兵屋番号140番の遺構。
札幌市K446遺跡出土の遺物中央区南22条西13丁目
札幌市埋蔵文化財センタ
札幌市昭55. 8.12擦文時代初期(約1,200年前)の土器、土製支脚、紡錘車の合計17個。
旧永山武四郎邸中央区北2条東6丁目札幌市昭62.11.27第2代北海道庁長官永山武四郎の私邸で、明治10年代に建築の和洋折衷の住宅。
市指定有形文化財清華亭北区北7条西7丁目札幌市昭36. 6. 7札幌最初の公園「偕楽園」に明治13年貴賓接待所として建築。
新琴似屯田兵中隊本部北区新琴似8条3丁目札幌市昭49. 4.20明治19年に新琴似屯田兵村の本部として建築されたもので、週番所(中隊本部)としては札幌に残る唯一のもの。
旧黒岩家住宅
(旧簾舞通行屋)
南区簾舞1条2丁目札幌市昭59. 3.28明治5年に有珠新道の交通の要所となるミソマップ(簾舞)に建築されたもので、札幌における通行屋の唯一の遺構。
木造日蓮聖人坐像中央区南11条西9丁目日蓮宗妙心寺昭56. 7.21彩色寄木造で、僧日住が厄除けのため寛文6年(1666年)に造立させたもの。
無形文化財丘珠獅子舞東区丘珠丘珠獅子舞保存会昭49.10.25明治25、26年に富山県からの移住者によって伝えられ、伝承してきた獅子舞。
史跡手稲山ロバッタ塚手稲区手稲山口324-308札幌市昭53. 8.21明治16年にトノサマバッタの大群を駆除するために、大量の卵を埋めた畝状の塚跡。
有形文化財及び史跡札幌村・大友亀太郎関係歴史資料及び史跡東区北13条東16丁目
札幌村郷土記念館
札幌市昭62. 2.20慶応2年(1866)、札幌村は大友亀太郎によって開拓が進められ、その後、玉葱栽培の先進地として発展した。
これらの歴史資料及び役宅跡。
『札幌市の教育 2004』、一部訂正。

 札幌市では昭和三十三年(一九五八)に文化財保護条例を制定し、三十六年に時計台、豊平館清華亭の三件を指定していた。前二者は国重要文化財となり、市指定文化財は清華亭のみとなっていたが、その後、二番目に指定となったのが新琴似屯田兵中隊本部であった。

写真-10 新琴似屯田兵中隊本部

 中隊本部の建物は明治十九年(一八八六)に建設され、中隊本部の廃止後は兵村会、屯田親交組合、部落連合会、自治会、町内会などの集会施設、及び戦後は琴似町派出所、三十五年に新琴似区出張所と行政施設に利用されていた。中隊本部の建物で現存しているのは、野幌(江別市)とこの新琴似の二カ所のみであり非常に貴重なものであった。そのために地元から保存運動が昭和三十八年に開始され、保存会も結成されていた。そして三十九年四月に、市文化財への指定が陳情されていた(道新 昭39・4・5)。札幌市では四十年に建物の寄贈を受けてすぐに指定の検討に入ったが、建物改修後の指定という段取りとなった。そして四十二年に改修復元計画が立てられ、四十三年度に建物調査、四十四年度から四十六年度に改修・復元工事を行い、四十九年四月二十日に市文化財への指定がなされた。保存運動から一一年を経過しての指定であったが、管理は新琴似屯田兵中隊本部保存会へ同年十二月二十六日に委託された。同保存会では資料館として活用するために史料の収集につとめ、五十一年五月二十日に資料館として新琴似開基九〇周年記念にあわせて公開されることになった。
 旧黒岩家住宅(旧簾舞通行屋)は、明治五年(一八七二)に有珠新道の開拓使の駅逓として建設されたものであり、市内では最古の建築物となっていた。この建物は明治十九年の新道開削にともない、二十年に現在地へ移設されて右側部分が増築されていた。建物は大正七年まで旅館として使用され、その後は黒岩家の住宅となっていた。
 黒岩家では昭和五十六年に住宅を新築し、市教委へ旧宅についての処遇を求める一方、地元でも保存会が五十七年十月に発足し、市文化財への指定運動がなされるようになる。市では黒岩家より五十八年三月に指定申請を受け、六月に建物調査を行っていた。その後、十二月十九日の市文化財保護審議会では、土地・建物を黒岩家より寄贈を受け、玄関より左側の旧休泊所部分を文化財に指定して修復し、それと共に右側の増築部分を地元から要望の強い郷土資料館として活用し、管理・運営を保存会へ委託するとの答申を示していた(道新 昭58・12・20)。この結果、旧黒岩家住宅(旧簾舞通行屋)が五十九年三月二十八日に指定となり、同年に解体調査、六十年に復元・修復工事が行われることになる。
 旧黒岩家住宅(旧簾舞通行屋)保存会では、六十一年に郷土資料館設置委員会を設けて資料収集と展示などを行い、六十一年四月十三日に旧黒岩家住宅の公開と共に簾舞郷土資料館の開館にいたった。同保存会は、平成二年度の道文化財保護功労者にも選ばれている。
 最初の市文化財となった清華亭は、住民の集会施設として利用されていたが、建物のいたみがひどいために五十三年度に、全面的な改修と創建時への復元工事がなされていた。この復元工事では新たに展示室も設けられ、五十四年二月二十日にオープンした。五十五年には建築一〇〇年を迎え、六月七日に清華亭百年記念式典が開催され、記念誌の『百年の清華亭』も刊行されていた。