札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5下

第十編 現代の札幌

第七章 市民生活の諸相と保健・福祉

第七節 勤労青少年の労働環境と諸相

二 高度成長期から低成長期およびバブル期の勤労青少年

 札幌市青少年問題協議会(昭28年設置)は、都市化の進行とともに札幌に青少年が増加していく時代に対応するため、三十八年度を目標に「勤労青少年の福祉及び教育事業の推進」に①勤労青少年福祉施設の設置促進、②勤労青年の教育機会の充実、③勤労青少年グループの育成を重点施策とした。
 (一) 勤労青少年ホームの開設 全国的な若年労働力が太平洋沿岸ベルト地帯の大都市へ集中した三十四年から三十七年を過ぎると、勤労青少年ホーム整備の中心が地方都市へ移行し、札幌市も全国で七番目、市内第一号にあたる札幌市第一勤労青少年ホームを、三十九年六月十一日に開館した。設立目的は「市内の中小企業に働く満二四歳までの青少年の福祉を増進し、その健全な育成を」図り、「仕事の余暇を有意義に過ごし、楽しいグループ活動のなかで教養をたかめ社会性を身につけて明日への生活意欲を盛り上げていくこと」(札幌市勤労青少年ホーム昭和40年度関係資料)である。だが、側面では「中小企業の労働生産性の向上を図るべく」開設された施設でもあった。
 同ホームは、中央区南四条東四丁目のかつての遠友夜学校の跡地に建設された。ロビーや、ステレオ完備の音楽室、図書室、相談室、和室に加え卓球やボウリングもできる軽運動場も備え、自主活動の講演会や映画上映もできる「憩いのホーム」をめざした。利用登録者は一五歳から二四歳の中小企業に働く「事業主の勤務証明による会員制」である。そのため雇用主にとっては青少年同士が雇用条件や給与の比較をし合い、その結果かえって定着をそこなう不安からホームへの参加に非協力的になることも懸念されたが、初年度に三五三八人が登録された。同地区には「北の誉」など各種酒製造会社、古鉄問屋、菓子問屋などのほかに二条市場もあり、隣接地区は狸小路商店街ススキノ商店街など札幌市の中心的商店街、また、豊平川対岸には豊平商店街や各種工場が林立し、多くの青少年が働く職場群に囲まれていた。その環境から利用状況は工員(五二パーセント)が最も多く、心身の安らぎをホームに求めていることがうかがえ、店員、事務員がこれに続いた。利用者の七割が市外から就職した青年たちであったため、札幌市母子福祉連合会が喫茶コーナーを奉仕的に運営し、青少年たちにとって母親のような役割を担ったという(明日への架け橋)。
 講座は生け花、茶道、ペン習字、フォークダンス、合唱などの教養のほかレクリエーションなどに申し込みが殺到した。それ以前のグループ活動は職場の親睦会がほとんどで、不特定の若者が集まって結成する傾向にはなかったが、青果物店、ラーメン屋、ブリキ職人、「お手伝いさん」ら住み込みの若者たちが結成した「若い根っこの会札幌グループ」(昭38年7月)が誕生し、ホームで定例集会を開き、仕事や生活の様子、将来の希望などを話し合い、雇用主に気兼ねなくコーラスなどを楽しむことができるようになった(道新 昭39・1・5)。その後、「若い根っこの会」は、地域にしっかりと根を張って生きていこうとする若者たちにより全国各地で結成された。ホーム開館が契機となり、そのほかにも自主サークルとして「働く友の会」など一二が誕生した。そのなかでも「ポプラ・サークル」は、数少ない休日をいかに楽しく過ごすかで連帯し、四十年に大通八丁目に手作りの第一回「若者の祭典」を開催し、参加者三〇〇〇人は老人や子どもも交えて「銀色の道」を歌い「ジェンカ」を踊った。第二回は雪まつり雪像づくりへも参加した(板垣弥之助 札幌っ子はいま)。
 (二) 勤労青少年福祉法制定と健全育成 この間に、新規中・高卒者の離職が問題となっていた。四十四年の全国調査では就職後二年以内に約四割が、三年以内に五割が離職していた。ステップアップにつながる転職はまだしも、高い離職率は都会生活の不適応や、社会経済のあまりにも急激な変化に対応できない者、連帯意識に欠ける者、離転職を繰り返して孤独な世界に沈む者もいた。このような事態に向けて、労働省婦人少年問題審議会では、問題解決のために次の基本事項を明らかにした。
(1) 勤労青少年対策は、若年労働力の確保のためでなく、勤労青少年自身の幸福を目標としなければならない。
(2) 勤労青少年対策は、勤労青少年自身の自主的努力を損なうものであってはならない。
(3) 勤労青少年を受け入れる企業や地域社会も、これに対して責任を負うべきである。
(4) 勤労青少年一人一人が希望と適正に見合った職業につき、それにふさわしい処遇を受けられるようにすべきである。
 これらに基づいて勤労青少年福祉法が四十五年五月二十五日に公布・施行された。同法では勤労青少年福祉の原理を明らかにするとともに、職業指導の充実、職業訓練の奨励、福祉施設設置の措置を計画的に図ること、国・地方公共団体は福祉増進の実態把握と、事業主・勤労青少年および社会一般に広報するため「勤労青少年の日」(七月第三土曜日)を定めた(前掲 年少労働行政の歩み、明日への架け橋)。
 札幌市では表40にあるように、勤労青少年の職場群が多い地区に次々と勤労青少年ホームを、また手薄になった都心部へは青少年センターなどを開設した。ホーム運営では昭和五十年代に入って高校の進学率が九〇パーセントを超え、利用者の高学歴化と高齢化、また余暇時代を迎えたことから、一時期衰退していた若者自身による連絡会を五十年に結成し、マンネリ化しがちな行事の刷新と活性化の促進を図った。四ホームが交流し、札幌駅前通の歩行者天国での軽音楽演奏会、フォークダンスの「ヤングフェスティバル」や、五十九年には、六ホームと石山青少年会館利用者を加えた「合同大運動会」の開催などが自主企画された。

表-40 札幌市勤労青少年ホーム(愛称Let's)と青少年センター開設状況
開設年月日
(昭和)
名称
(勤労青少年ホーム)
位置
(札幌市)
備考
39. 6.11 札幌市中央中央区南4条東4丁目昭54年「札幌第一」を改称
44. 1.15  同 円山中央区北8条西24丁目昭54年「札幌第二」を改称
47. 1.23  同 アカシア東区北22条東1丁目昭54年「札幌第三」を改称
48. 1. 2  同 ポプラ白石区平和通1丁目南
54. 1.24  同 豊平豊平区豊平8条11丁目
57. 1.31  同 発寒西区発寒南9条西14丁目平12年8月25日閉館
44.12. 2石山青少年会館南区石山251番地
57. 2.21青少年センター中央区北2条西7丁目旧婦人会館を改築・利用
中央区南9条西14丁目平4年4月移転
西区宮の沢1条1丁目1-10平12年8月25日移転
『明日への架け橋』、『札幌市青少年対策のまとめ』(昭49年度版)、『札幌市教育委員会生涯学習部事業概要』(平13年度版)より作成。


写真-10 札幌駅前通歩行者天国での「第1回ヤングフェスティバル」(昭51.7)

 ホーム登録者は、表41のように、豊平ホームが開館した六二八八人(五十四年)、発寒の鉄工、木工団地勤務の若者向けに発寒ホームが開館した五十七年の七九八八人、利用者は五十八年の九万人をピークに次第に減少してきた。六十二年には公募によりホームの愛称をLet's(レッツ)とした。登録年齢も三十九年の一五歳から二四歳の上限を、五十五年度から二九歳として利用者の定着を図り、さらに地域住民へのスポーツ一般利用などにも開放した。
表-41 札幌市勤労青少年ホーム登録人数の推移
年度合計対象年齢
昭393,5381,9751,56315-24歳
 443,4191,9721,44715-26歳
 484,9872,6832,304
 546,2883,0983,190
 577,9884,1853,80355年~
15-29歳
 626,3692,8153,555
平 45,6402,5883,052
  95,5662,8562,716
 125,4612,8132,648
『明日への架け橋』、『青少年婦人施策の概要』(昭62~平9)、『札幌市教育委員会生涯学習部事業概要』(平13年度版)より作成。