札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5下

第十編 現代の札幌

第七章 市民生活の諸相と保健・福祉

第二節 公害と環境問題

三 環境保全と市民運動

 市民運動の発想と関係行政機関が協力した結果、水質汚染が改善された例に、カムバック・サーモン運動がある。都市化により水質汚染が進んだ豊平川からサケの遡上が消えたことから、五十三年に発足した「さっぽろサケの会」(昭60「北海道サケ友の会」に改称)が五十四年、水産庁などの協力を得て稚魚一〇〇万匹を放流したところ、五十六年秋、三年魚となった約一五〇〇匹が豊平川に回帰した。堰堤に身を躍らせながら遡上する大量のサケの姿は、回帰を待ち望んでいた一四〇万人市民に感動を与えた(道新 昭54・3・8、57・12・2)。豊平川下流の汚染原因は支流の野津幌川、厚別川、月寒川流域の下水整備が遅れ、厚別・平岡などの宅地化の進展による家庭排水や工場排水が直接流れ込んでいたもので、以降は両地区の下水道整備も進捗したことから、水質が改善された。六十年以降は、サケ回帰を契機に五十九年に開設された札幌市立豊平川さけ科学館が水産庁から事業を引き継ぎ、同館がふ化させた稚魚放流事業と観察が本格化、魚道の開設も進んだ。平成八年には約三六〇〇匹の回帰が確認され、放流された稚魚が石狩川を経て日本海に下り成魚となり、三年から四年後には産卵のため故郷の豊平川に遡上する生態を繰り返し、札幌の風物詩ともなった。
 また、河川流域の野生生物の生態について平成九年、市民グループ豊平川ウォッチャーズ(代表・竹中万紀子)が、河畔林の削減が渡り鳥の生態系に与える影響調査結果を基に、治水と生態系保護との関係改善を提言した。これを受けた市は平成九年度から三年計画で豊平川左岸の豊水大橋~雁来大橋間の河川敷緑地について、河畔林を残して整備した(道新 平9・6・24、平11・2・26)。
 五十二年六月には日本野鳥の会札幌支部が設立され、以来二五年間にわたって、西岡水源地や円山公園などの探鳥会には多数の家族が参加、会報『カッコウ』を発行し、自然愛好者を育てている。また、平成十一年には市民の手で森の中に苗木を植える「カミネッコン」運動が開始された。再生紙利用の育苗ポット(カミネッコン)に植えたヤナギやミズナラの苗木が、やがて広葉樹林に成長し二酸化炭素の浄化作用を行うという、子々孫々に緑を残す構想であった(道新 平11・6・3)。このように、自然保護運動も当初から専門家や市民、行政機関が参加することで科学的調査結果に基づいた方法がとられ、取り組む分野も多様化した。
 一方、市の環境保全政策は、条例等の法制度化とともに拡充、推進された。平成七年十二月十三日に札幌市環境基本条例が公布・施行され、十一年十二月に環境影響評価制度(アセスメント)が制定され、十二年十月に全面施行となり、環境保全の基本的な施策となった。アセスメントは、開発行為が周辺自然界の動植物の生態などにどのような影響を与えるかについて、事業者自らが自然環境等の項目ごとに事前に調査・予測・評価を行い、結果を公表する。さらに市や市民が関与する一連の手続きを通じて環境保全措置を講じるなかで、より望ましいものとしていく仕組みである。市独自に下水処理施設建設や大規模建築物、土石採取事業を追加したのも、過去の教訓に学び、特定地域や一定規模の事業は必ずアセスメントを行わなければならないとした。この環境アセスメント制度の資料として、市は、十一年度から市域の動植物の分布や水質・大気状態などの環境情報を地区ごとにまとめてデータベース化し、あわせて一般公開により市民の環境学習にも役立てることとした。なかでも注目されるのは、生物系データの「植物」「ほ乳類」「鳥類」など八項目について札幌市や北海道、各種研究機関の調査結果と報告を蓄積した基本データである。この中には、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(平4制定、「種の保存法」)に基づく、環境庁指定のレッド・データといわれる希少な種類も含まれていた(道新 平11・8・30)。