札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第十章 戦後の宗教

第四節 戦後の新宗教

一 宗教の自由化と新宗教

 札幌で大きな教勢をもち組織的な教化活動を展開し、多数の入信者を得ていたのは創価学会と立正佼成会であった。いま、ここでは教団の編纂した教団史をもとに、両教団の札幌での教化活動と組織をみてみることにする。
 創価学会の創始者となる牧口常三郎は、札幌の北海道尋常師範学校の教諭、戸田城聖は厚田村出身で札幌では小間物商の店員をしながら教員免許を修得したこともあって、二人は札幌と関係が深かった。二人は日蓮正宗に入信し、創価学会の前身となる創価教育学会を昭和五年十一月八日に創設した。七年七月に札幌、旭川、帯広で講演会を開き、十三年六月にも札幌をはじめ全道一二カ所で行っていた。
 戦時中の宗教弾圧のために牧口常三郎は獄中死したが、戸田城聖は二十一年に創価学会と改称し、二十八年に北海道にて教化のための初の組織的な「折伏(しゃくぶく)」が開始されていく。八月に行われた札幌での「折伏」には、戸田の仏教講演会もあって三二世帯が信者となり、札幌に仙台支部直属札幌班が設置された。続いて二十九年、三十年にも北海道は「折伏」の重点地区とされ、札幌では二十九年に一一四世帯、三十年に三八八世帯が入信している。創価学会は北海道が創設者の故地でもあったので、「広宣流布は北海道から」を合言葉に積極的な教化活動を続け、特に札幌が重視されていた。
 三十一年八月二十六日には札幌支部を結成し、九月六日に支部結成大会が開かれていた。札幌支部は約二九〇〇世帯、市内を中央、東、西、南、北の五地区に編成されている。三十二年五月十二日には北海道総支部を設置し、第一回の北海道総会に二万三〇〇〇人の信者が集まっていた。
 一方、教勢の拡大と共に社会との軋轢(あつれき)も生じ、例えば三十二年五月十八日の第一〇回北海道炭鉱労働組合定期大会にて、道炭労は行動指針の一項に「創価学会と断固対決する」ことを打ち出していた。夕張などの産炭地では、組合運動との関係が問題となっていたからである。創価学会では道炭労に抗議して七月一日に札幌大会、二日に夕張大会を開いていた。

写真-11 「炭労問題」で開かれた札幌大会(昭32)

 創価学会では三十四年に札幌に北海道本部を設置し、十一月二十八日に落成入仏式を行っている。北海道本部を三十八年十一月十日に第一、第二の二本部とし札幌地区は、第一本部第五総支部に札幌、北札幌、西札幌、第二本部第一総支部に東札幌、南札幌の各支部を編成していた。四十五年三月には札幌総合本部と札幌第一~三本部を設置したが、下部は二二〇地区で編成されている。三十九年十二月二十七日に北海道本部を新築し(宮の森4-1)、落成入仏式を行い、旧本部は札幌会館(北19西4)に変更されていた。聖教新聞北海道支局も三十四年七月二十四日に開設となり、『聖教新聞』の印刷も三十六年十月十四日から札幌で開始されている。
 創価学会は婦人部、青年部、学生部などの組織化、文化運動の展開などが活発であったが、青年部北海道体育大会「若人の祭典」が三十二年八月十八日、北海道青年部総会も三十三年六月二十二日に第一回が開かれていた(北海道広布二十年史、北の春秋)。