札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第十章 戦後の宗教

第二節 戦後の寺院と仏教

一 寺院の増加

 昭和二十六年四月三日に宗教法人法が公布となり、それにより諸寺院は宗教法人化がなされるようになる。宗教法人数による市内寺院の推移をみると、表1のとおりである。表1の数値は旧町村部を含めた現札幌市域の寺院数であり、宗派・教団別にまとめている。
表-1 寺院数の推移
昭31昭35昭40昭45
真宗大谷派30333335
真宗本願寺派20202126
真宗興正派6667
真宗仏光寺派2211
真宗系各派4577
曹洞宗20201818
臨済宗2211
浄土宗3388
浄土宗各宗各派5523
天台宗6644
天台宗系諸派1111
高野山真言宗3333
真言宗国分寺派5555
真言宗系各宗各派14141515
日蓮宗14141315
日蓮宗系各宗派教団3311
法華宗5566
本門法華宗1
本門仏立派2221
単立1212612
合計157161153170
『札幌市統計書』(昭41,46)

 寺院数は三十一年が一五七カ寺であるが、『北海道市町村勢要覧』(昭25)からは、二十三年現在の寺院数が市内七〇、周辺町村三六、合計一〇六カ寺であったから、この間に既に五割ほど増加していたことになる。三十一年以降は増減があるものの、四十五年には一七〇カ寺にも至っていた。
 このように寺院数がいちじるしく増えていった原因は、第一に札幌市の世帯数・人口の増加と関係をもち、寺院の需要が増していったこと、第二に市街地・住宅地の拡大にあった。戦後に寺号公称した寺院の中には、戦前期に説教所・教会として既設されていたわけではなく、戦後、住宅地として開発された地区に新設されていった寺院が多くみられる。大谷派では聖光寺(北18西5、昭27)、幌北寺(北23西3、昭33)、徳生寺(北8西19、昭32)、北栄寺(北36東1、昭38)、光明寺(北14西15、昭43)などがそうであり、昭和三十年代以降にこうした傾向が強まっている。
 増加した原因の中には、市外からの移転もある。教信寺(本願寺派)は三十一年に深川市から白石区菊水、大満寺(大谷派)も四十二年に長沼町より白石区北郷へ移転している。天童寺(曹洞宗、北23西9)は樺太塔路町に十五年六月に創設されていたが、戦後、札幌へ引き揚げた住職・檀信徒によって再建が計画され、二十九年四月二日に再度の寺号公称を得ていた。妙覚寺(日蓮宗、円山西町)は、三十年に函館より鬼子母神教会を移して寺号公称をしていた。
 次に宗派、教団別の寺院数を同じく表1からうかがってみよう。昭和四十五年現在でみてみると(単立を除外)、
  真宗系  七六  曹洞宗  一八  浄土宗系 一一  天台宗系 五
  真言宗系 二三  日蓮宗系 一六  法華宗   六  その他  三
となっている。札幌ではもとより真宗、曹洞宗がさかんで檀信徒も多かったことが、この寺院数にもよくあらわれている。真宗では大谷派が三五カ寺、本願寺派が二六カ寺、両派で六一カ寺と大部分を占めていた。しかし戦後は真言宗系、日蓮宗系の寺院の台頭にも著るしいものがあった。両系の説教所・教会は既に戦前期より多数存在しており、戦後、積極的に寺号公称に至ったこともあるが、両系の寺院には除災、祈禱などの活動を展開していたところもあり、混乱と不安の時代状況の中で多くの檀信徒を得ていたことも、急増した一因かとみられる。