札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第十章 戦後の宗教

第二節 戦後の寺院と仏教

一 寺院の増加

 周辺町村の寺院数は、昭和二十三年現在で札幌村二、篠路村二、琴似町七、手稲村三、豊平町一四、白石村八、以上で三六カ寺となっている(北海道市町村勢要覧 昭25)。この中でも豊平町が、一四カ寺と最も多かった。
 豊平町で戦前期から寺号公称を行っていたのは、長専寺(浄土宗、平岸、明30)、福住寺(大谷派、福住、明35)、新三井寺(天台宗、美園、明44)、妙現寺(大谷派、石山、大5)、光円寺(本願寺派、北野、明43)、善住寺(大谷派、石山、大6)、含笑寺(曹洞宗、石山、大6)、晟徳寺(興正派、中の島、昭15狩太村より移転)、以上の八カ寺であった。それが札幌市内と同様に寺号公称が相次ぎ、二十三年までに、明了寺(興正派、月寒東、昭21)、真行寺(大谷派、定山渓、昭21)、定山寺(曹洞宗、定山渓、昭21)、瑞現寺(曹洞宗、石山、昭21)、日浄寺(法華宗、石山、昭23)、本勝寺(法華宗、石山、昭23)、以上の六カ寺が寺号公称を行っていた。
 豊平町に寺院が多くなっていたのは、もとより町域が広大で市街地が点在していたこともあるが、何よりも戦後、急激に人口が増加して寺院の需要が増したことであり、また、札幌市の豊平墓地に近接し、町内に札幌市平岸霊苑(昭15開設)及び平岸火葬場(同18)が設置されており、交通上、葬祭に便利な点があったことも一因となっていた。
 その後も豊平町では寺院が増加し続け、以下の寺院が寺号公称ないし創設されている。
極楽寺(大谷派、平岸、昭25)、豊勝寺(本願寺派、平岸、昭25)、豊原寺(本願寺派、月寒、昭25)、大松寺(浄土宗、簾舞、昭26)、妙泰寺(法華宗、定山渓、昭26)、浄願寺(大谷派、中の島、昭27)、光徳寺(日蓮宗、月寒東、昭29)

 『豊平町史』(昭34)には、町内の寺院が二一カ寺と記録されており、戦後に約二・五倍の増加を示したことになる。