札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ

新札幌市史 第5巻 通史5上

第九編 大都市への成長

第九章 市民の文化と活動

第六節 文化行政・団体と文化財

二 文化財の指定と保護

 市内で初の国の重要文化財に指定となったのは、八窓庵(はっそうあん)(旧舎那院忘筌(しゃないんぼうせん))であった。八窓庵は小堀遠州によって、小室城(滋賀県浅井町)内の孤篷庵(こほうあん)に建てられた茶室といわれている。滋賀県長浜町の八幡神社境内の俊蔵院、舎那院へと移設されていたが、大正八年に持田謹也が譲り受け、十年十月に持田邸内(北4西12)に復元されていた。昭和十一年九月に国宝へ指定となっていたが、戦後は文化財保護法の施行により二十五年八月二十九日に重要文化財の指定を受ける。八窓庵は二十五年に長沢家の所有となるが、四十六年七月二十七日に札幌市へ寄贈され、同年九月十五日に現在地の中島公園へ移設され、十月から一般に公開されるようになった。
 明治の木造建築の粋美である豊平館は、三十九年に文部省による文化財指定の内示を受け、市では三月十四日に申請書を提出し、五月二十六日に重要文化財の指定となっていた。
 次に指定を受けたのは、道庁の「赤レンガ庁舎」と通称されている北海道庁旧本庁舎であった。旧本庁舎は明治二十一年に建設されたが、築後八〇年間を経過し、改修工事が必要となっていた。道では昭和四十二年に明治百年の記念事業の一つとして旧本庁舎の復元改修計画をたて、併せて隣接地にある開拓使札幌本庁本庁舎跡の発掘調査を十月に行っていた。この結果、開拓使札幌本庁本庁舎跡及び旧北海道庁本庁舎が、同年十二月十五日に国の史跡に指定となった。復元工事は四十三年三月二十五日に着工され、明治二十八年に撤去されていた正面の塔屋も復元されて十二月三日に落成し、翌四十四年三月十二日に重要文化財に指定となった。
 北海道大学農学部(旧東北帝国大学農科大学)第二農場は、明治四十二年から大正元年にかけて新築、移設した酪農施設群があり、中には開拓使期の模範家畜房(モデル・バーン)も存在していた。このような貴重な遺構として第二農場も、四十四年八月十九日に重要文化財の指定を受けている。
 札幌の象徴である時計台(旧札幌農学校演武場)は、明治十一年に建設され、十四年に時計塔が付設されていた。三十九年に札幌区に移管となり、北二条西二丁目より現在地の北一条西二丁目へ移設され、これ以降、札幌郵便局、札幌教育会及び同会附属図書館、北部軍、商工団体、市立図書館などに利用されてきていた。
 時計台は昭和三十六年六月七日に市文化財へ指定となるも、三十七年に市議会にて移転問題が論議されるようになり、四十年には本格的な市民論争に発展していた。建物の改修期にも当たっていたので市議会文教委員会では、四十一年三月に総合調査をし、併せて時計台の保存場所につき各界より意見を聴取し、同年十月に現位置での保存を決定していた。市立図書館が四十二年一月二十日に移転した後、時計台の復元改修工事が進められ、四十三年七月三十一日から展示施設と共に公開されるようになる。そして四十五年六月十七日に、重要文化財の指定を受けることになった。